• トップ >
  • 緊急声明 >
  • 「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(仮称)」に対する環境文明21の緊急声明

「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(仮称)」に対する環境文明21の緊急声明

去る4月25日、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(仮称)」が政府案として取りまとめられた。昨年8月、日本政府が設置したパリ協定長期成長戦略懇談会の提言(2019年4月2日)を受けて作成されたものであるが、その内容は、以下のような点で、パリ協定に基づく長期戦略とは言い難い内容になっている。

1.全体を通して、ビジネスと技術に過度に依存する内容であり、それら技術やビジネスの実現可能性や、それらを社会として受け入れることが本当に人々の幸せや社会の持続性に役立つのかといった記述が希薄である。また、「水素社会」「CCS」「CCU」「人工光合成」「メタネーション」といった技術を実現するための政策手段についての提言も極めて通りいっぺんの内容に留まっている。

2.政策として、炭素税は税制のみならず、産業構造やライフスタイルや価値観の転換を促す重要な政策であるにもかかわらず、「検討の継続」として、わずか数行の記載に留まり、規制的な政策についての言及もない。これは、既に日本の専門家の間でもほぼ四半世紀以上も議論してきた経緯や、世界の主要国で実際に導入が進み効果を挙げている事実を無視する内容であり、「非連続的なイノベーション」、「野心的なビジョン」といった提言内容とは著しく乖離する、旧態依然とした考え方に終始したものである。

3.1.5度目標には触れているものの、それを達成するために必要とされる、2030年45%削減、2050年正味ゼロには触れられておらず、2050年削減目標も80%削減のままである。これでは国際的には不十分であり、長期戦略としてもふさわしい内容とは言い難い。

4.「巨大な資金、技術を有するビジネスの力を最大限に活用」など、各所でビジネスと技術に過度に依存した姿勢が伺われ、市民の参加や政府や自治体の政策の重要性についての言及が希薄である。「これまでにないスケールの変革」には、企業だけでなく、国民の理解と協力、そして政策なくしては成し得ないにもかかわらず、ビジネスだけに頼る姿勢は、国家戦略として不適切であり、一部産業界からの支持は得られても、良識ある国民の賛同は得にくい。

5.パリ協定を反映していないエネルギー基本計画を踏襲とするという考え方は、国民の70%以上が反対する原発や国際的に批判されている石炭火力を使い続けることを意味するものであり、到底国民の賛同を得られるとは考えられない。特に原発はIPCCでは選択肢の一つとされているが、毎日日本のどこかで地震が発生している我が国と、地震のない国とでは基本的要件が異なることを踏まえるべきである。

6.そもそも現在の日本社会の中で、「知」そのものが失われつつあるという現実への認識が薄い。AIやIOTは一つの道具であり、自らイノベーションを生み出すことはできない。それらを活用してイノベーションを起こすのは人間であり、その「知」をどう育成していくのかといった視点が不足している。その観点から、その他の政策として述べられている人材育成は、教育に対する認識が古い。イノベーションの為の人材育成だけでなく、将来を見通し科学的根拠と哲学的思考を持って持続可能な脱炭素社会を実現できる人材の育成が必須であり、それを成し遂げる手段してOJTでは全く不十分である。

IPCCが求めている非連続なイノベーションとは、現代文明全般にわたって「これまでにないスケール」での変革の実施であり、単に水素社会、CCS、CCU、人工光合成、などいくつかの技術要素の導入に留まるものではない。まさに、産業構造や経済システムの転換、エネルギーや社会システムの見直し、そして価値観の転換など、脱炭素社会に向けた新たな文明の構築をも視野に入れたものである。しかし、今回の戦略案では、「今世紀後半以降の未来も視野に入れた経済システム、人間の生き方の変更が究極の目標」との文言の表記に留まり、次世代を見据えた新たな戦略の策定を促す気迫は読み取れない。

私たち環境文明21は、パリ協定が求めている「脱炭素社会」の実現には、経済や技術だけに依拠した、ビジネス主導の変革では全く不十分であり、企業・市民・NPO・研究者等も含めたあらゆるセクターでの、価値観の転換、制度の変更、技術の革新といった、まさに人間力の結集こそが重要であると考えている。4月初めに取りまとめられた懇談会提言同様、今回の長期戦略案でも、その認識が欠落していることは残念である。6月に開催されるG20での世界からの批判を避けるためにも、パブリックコメントの意見なども反映し、早急に、修正案の作成を期待するものである。

2019年5月 認定NPO法人環境文明二十一
代表 藤村コノヱ
顧問 加藤三郎


【ダウンロード】