2000年7月号会報 巻頭言「風」より

ご存知ですか、地球憲章

加藤 三郎


国連が政治レベルで地球環境問題に初めて本格的に取り組んだのは1972年6月、ストックホルムで開催された国連人間環境会議からである。この会議で、国連の環境庁ともいうべき国連環境計画(UNEP)の発足が合意され、人間環境宣言という地球環境問題を取り扱う大原則が打ち立てられた。この人間環境宣言は、20年後に開催された地球サミットでの「環境と開発に関するリオ宣言」採択の基礎となった。

この2つの国連会議の事務局長を務めたのはカナダのモーリス・ストロング氏である。しかし彼は、民間人(NGO)精神が旺盛で、地球サミットの時から、主権国家や南北間の利害下でつくるのではなく、地球市民としてつくる「地球憲章」、つまり持続可能な生活のため、すべての個人、団体、企業、政府、国際機関の行動を導き、判断する倫理的基盤となり世界共同体が共有すべき価値観づくりに意欲を燃やしていた。ストロングさんは地球サミット後、自ら「アース・カウンシル」というNGOを設立し、持続可能な世界をつくる観点から、地球憲章づくりにも精力を注いでいる。彼は、95年5月、ハーグで同じくNGOである「グリーンクロス・インターナショナル」のゴルバチョフ会長らと語らって、地球憲章づくりの活動を立ち上げ、97年3月、地球憲章の最初の草案を発表し、世界中からコメントを求めた。

昨年4月に、地球憲章の二次草案が取りまとめられ、それをもとに、世界各国の民間人の間で活発な議論がなされ、ついに最近、地球憲章として最終版が正式に公表された。

実は私は、地球環境の草案づくりの一部に、(財)グリーンクロス・ジャパンに設けられた地球憲章委員会の座長として参加した。このように地球憲章は、世界の各界各層の民間人の創意によって取りまとめられてきたものである。世界で持続可能な社会をつくるためにどんな思想が今、語られているか、以前に本欄で述べた私の環境倫理やソルジェニーツィンの抑制論とも対比しながら見ていただければ幸いである。なお、原文は英語であるが、訳は世界の起草委員のお一人である広中和歌子参議院議員事務所訳に依った。

まず、前文においては、次のような認識が表明されている。

「私たちが未来に向かって前進するためには、自分たちは素晴らしい多様性に満ちた文化や生物種と共存するひとつの人類家族であり、地球共同体の一員であるということを認識しなければならない。自然への愛、人権、経済的公正、平和の文化の上に築かれる持続可能な地球社会を生み出すことに、私たちはこぞって参加しなければならない。そのためには、地球上で生をいとなむ私たち人間は、互いに、より大きな生命の共同体に、そして未来世代に対して、責任を負うことを明らかにすることが必要不可欠である。」

「人類は広大な、進化すつつある宇宙の一部である。私たちのすみかである地球には、類まれな生命共同体が共生している。自然の偉力は、生存を困難で予想し難いものにしているが、同時に、地球は生命の誕生に必要不可欠な状況をもたらしてくれている。生命共同体の回復力と人類の安寧は、実に様々な動植物、肥沃な土壌、清浄な水、そして澄んだ空気など、すべての生態系を含む健康的な生物圏を維持することにかかっている。限られた資源しかない地球の環境は、全人類にとって共通の関心事である。地球の生命力、多様性、その美しさを保護することは、人類に課された神聖な義務でもある。」

「これまで行ってきた生産と消費の仕方は、環境の荒廃、資源枯渇、種の大量の絶滅を引き起こしている。地域も影響を受けている。開発の恩恵は平等には分配されず、貧富の差が広がりつつある。不正、貧困、無知、そして暴力を伴う争いが広がり、人々に大きな苦しみを引き起こしている。かつてない人口増加は生態系と社会システムへの重荷となってきている。地球の安全への基礎が脅かされている。これらは危険な兆候である。しかし、避けられないことではない。」

「こうした希望を実現するために、私たちは自分たちの周辺の地域共同体だけでなく、地球共同体全体の中の一員であると考え、地球的視野に立った責任感を持って生きる決意をしなければならない。私たちは、それぞれの国の市民であると同時に、地域共同体と地球共同体が関連しあっているひとつの世界の市民でもある。」

前文に続く憲章部分は、次の4つの章の16条項から成り立っている。

生命共同体への尊敬と配慮

  1. 地球と多様性に富んだすべての生命を尊重しよう。
  2. 理解と思いやり、愛情の念をもって、生命共同体を大切にしよう。
  3. 公正で、直接参加ができ、かつ持続可能で平和な民主社会を築こう。
  4. 地球の豊かさと美しさを、現在と未来の世代のために確保しよう。

生態系の保全

  1. 生物の多様性と、生命を持続させる自然のプロセスに対して、特別な配慮を払いつつ、地球生態系全体を保護し回復させよう。
  2. 生態系保護の最善策として、環境への害を未然に防ぎ、充分な知識がない場合には慎重な方法をとろう。
  3. 生産、消費、再生産については、地球の再生能力を傷つけず、人権や公共の福祉を保護するような方法を採用しよう。
  4. 生態系の持続可能性に関する研究を進め、既存の知識を自由に交換し、幅広く応用しよう。

社会と経済の公正

  1. 倫理的、社会的、環境的要請として、貧困の根絶に取り組もう。
  2. あらゆるレベルでの経済活動やその制度は、公平かつ持続可能な形で人類の発展を促進するものとしよう。
  3. 男女間の平等と公平は、持続可能な開発にとって必須なものであることを確認し、教育、健康管理、経済的機会を誰もが享受できるようにしよう。
  4. すべての人が自らの尊厳、健康、幸福を支えてくれる自然環境や社会環境をもつ権利を差別無く認め、特に先住民や少数民族の権利に配慮しよう。

民主主義、非暴力と平和

  1. 民主的な制度と手続きをあらゆるレベルにおいて強化し、統治における透明性と説明責任、意思決定へのすべての人の参加を確保し、裁判を利用できるようにしよう。
  2. すべての人が享受できる公教育や生涯学習の中に、持続可能な開発に必要な知識、価値観、技術を取り入れよう。
  3. すべての生き物を大切にし、思いやりを持って接しよう。
  4. 寛容、非暴力、平和の文化を促進しよう。

一つひとつの文章は数々の議論を経て、シンプルにまとめられているが、今回発表された地球憲章には上記16の一つひとつの条項に、それを補足・説明する文も添えられてある。

ストロング氏らは、この地球憲章が2002年に開催される地球サミットⅡにおいて、そのまま採択され、世界人権宣言のような役割を果たすことを期待している。また、この地球憲章をもとに、各地域や各職域(例えば、医師、弁護士、看護婦など)で、独自の憲章が自主的に作られることも期待している。