2001年6月号会報 巻頭言「風」より

私の構造改革論(2)

加藤 三郎


前回私は、「構造改革」のベースを明らかにする観点から、何が問題かについては、環境の限界、経済偏重の価値観、主体性・連携の不足、規律の喪失、そして国際性の欠如の5点を、また、どんな社会になってほしいかについては、環境と経済の調和、心豊かな社会、そして多様性と革新の尊重の3点を挙げた(下表「マトリックス」)。私にとって、どんな構造改革が必要かは、このマトリックスから出てくる。

     方向性
問題点     
環境と経済の調和
(第Ⅰ群)
心豊かな社会
(第Ⅱ群)
多様性と革新の尊重
(第Ⅲ群)
①環境の限界
②経済偏重の価値観
③主体性・連携の不足
④規律の喪失
⑤国際性の欠如

1.第Ⅰ群(環境と経済の調和)について

①適正なる規制の導入とともに環境負荷を価格体系へ内部化するための税・課徴金体系の改革。適正な規制の導入とは、例えば京都議定書を達成するための温室効果ガスの規制、ごく微量の化学物質による人体や生態系への影響を最小にするための規制などである。

外部環境負荷を価格体系へ内部化するとは、環境税やゴミ処理の有料化の導入などである。環境経済学の教科書を見れば、ごく当り前のように環境税の議論が出ている。しかし、これまでの日本の政治ではほとんど問題になっていない。これを政治のど真ん中で議論し、導入する必要がある。

ゴミ処理コストの相当部分を排出者が公平に負担する、つまりゴミ処理の有料化もこの範疇に入る。

さらに、高速道路の料金体系を環境負荷を反映したものに変える、公的機関が管理している駐車場での料金を環境負荷に応じて差をつけるといったことも、この種の政策体系になる。

②環境に寄与する技術やシステムに対し、より大きい予算配分をすること。典型的には、現在ソーラー発電に対しては、設置者に対する財政支援がなされているが、風力やバイオマスに対する支援はごく限られたものとなっており、これを見直し、支援のための補助金を導入すべきである。

③学校教育での環境教育・学習の必修化と市民に対する情報公開や環境学習の推進。日本の学校での環境教育は、熱心な学校や教師のもとではやられているが、環境問題に無関心の数多くの教師のもとではほとんどなされていないのが実態である。それでは環境の世紀を生きていく子供の学習にはならない。環境教育を必須化する必要がある。同時に市民に対する環境情報の提供やさまざまなシンポジウムやワークショップの開催など学ぶ場を提供する必要がある。

2.第Ⅱ群(心豊かな社会)について

①自立した個人の確立、自己責任の徹底、そして生存(サバイバル)技術の習得などを含む学校教育の改革。戦後、半世紀にわたって日本の教育は、人権の確立や自由の尊重の面では、かなり充実されたが、人間が身に付けていなければならない自己責任や自立した個の確立という面ではおろそかになったと思う。21世紀の環境の悪化と人口の増大、そして人口の流動に伴う秩序の悪化といった社会状況を考えると、個々人が最低限、生存する技術もしっかり身につける必要がある。日本ではマッチもすれない、リンゴの皮も剥けない子供たちが沢山育っているという。厳しい環境のなかで生き抜いていくのに必要な技術を含め、個人の自立のための教育が重要だ。

②伝統文化の継承を含む文化行政の強化。幸い、小泉首相は文化芸能に対して深い愛情をお持ちだと聞いているが、やっと日本の政治家のなかに文化の重要性に気づいた人が出てきたのかもしれない。

③雇用構造の大転換への備え。現在の失業手当と21世紀に必要な能力や職業の訓練とを結合させることが特に重要だ。失業手当が次の職を探すためのものよりはむしろ積極的に新しい職を切り拓いていくためにこそ使われて欲しい。これまで日本が軽視してきた安全、美観、環境、農林業といった分野で前進するための職業訓練を有給で提供すべきだと思う。

④各種広告の質や内容の改善。現在、新聞、雑誌、テレビなどに広告があふれている。広告業界の売上高は年間約6.1兆円(2000年)であると言う。広告はポジティブな役割も果たすが、大量消費を促すだけの広告、見るに耐えないようなものも多い。広告に携わる業界や関係者が広告のあり方や倫理についての議論を元に自己規制に至るのが一番良いが、行政の側でも良い広告を促す場づくりをすることも必要と思う。

3.第Ⅲ群(多様性と革新の尊重)について

国民の多くが途上国でどういうことが起こっているのかもっと知る必要がある。その観点から、

①途上国事情など世界の環境開発問題に関わる事項をわが国の学校教育、特に高等学校や大学教育へ盛り込むこと。この関係で、青年海外協力隊をより拡充することも効果的であろう。

②NGO、NPO活動に対し、各種支援を行い、市民活動の地盤強化を行うこと。これについては、本誌でも繰り返し述べてきたので、さらなる説明は省くが、要は行政と企業だけでなくいわば第3のセクターとしてNGO、NPOを社会のなかに正統に位置付け、そのユニークな機能を活用していく道の強化である。

③英語教育を強化し外国人とのコミュニケーション能力の向上をはかること。英語を第2公用語にすべきとは言わないまでも、世界の共通語として重要性を増している英語によるコミュニケーション能力を強化することは、日本が世界の中で生きていく上では極めて重要であり、そのことが多様な世界に日本人が分け入る重要な手段になると思っている。

次に第Ⅰ群から第Ⅲ群までに共通するものとして、特に次の4点を触れておきたい。

まず第1は、環境と経済の真の統合を制度的に担保するため、日本の憲法に環境条項を導入することである。憲法に環境条項を入れる意味は、国民の間で環境対策の重要性を福祉、防衛、経済、文教など他の重要事項とのバランスをとることを意味する。これ抜きに環境税の導入や環境教育の義務教育化の議論をしても、その正当性を主張することは難しかろう。

2点目は、公務員制度の改革である。私自身の官僚生活の経験を踏まえて考えてみても、本省でいえば局長などの幹部ポストを公募制にすること、従来型の「天下り」人事を制限することはどうしても必要と考える。

3点目は、地方への財源委譲による地方分権の強化である。地方分権は推進法の制定により弾みがついてきているが、やはり財源を地方に大幅に委譲する一方で、各事業毎の補助金を大胆に削減すべきだ。

4点目は、国民の政治参加を実質化するため、誰でも選挙に出やすく、また国民が選挙で投票するのを「義務化」するような選挙制度の改革が必要である。

以上、私の思っている構造改革のスケッチを示したが会員の間でも、議論され、意見をお寄せいただくようお願いしたい。