2001年11月号会報 巻頭言「風」より

低炭素経済を目指すイギリス

加藤 三郎


9月末から10月の始めにかけて、イギリスを訪れ、官・民をあげて「低炭素経済」を目指して努力している姿を見てきた。中央環境審議会のメンバーがイギリスの温暖化対策を調査に行く機会に私も同行することが出来たのである。わずか2日間の短い調査ではあったが、朝早くから夜遅くまで政府機関はもとより産業界、NGOに至るまで、全部で8グループと面会し、詳しい説明を受けてきた。

イギリスでは、この温暖化対策を通して低炭素経済、つまり、炭酸ガスを主体とする温室効果ガスを大幅に削減するためエネルギー効率を良くすることを通じて、イギリスの経済社会の体質を転換し、しかも国際競争力を高めていくという政策を進めている。そして、この「低炭素経済」という、そのものズバリの端的な表現に私はある種の感動を覚えた。そこで、イギリスが今推進しようとしている低炭素経済のための政策パッケージのうち、私にとって特に関心もあり、そして、重要だと思われるものをまず紹介しよう。

第1は、本年4月から導入された気候変動税である。これは、最悪の気候変動を避けるために導入された新税であって、産業用エネルギーの使用に対して課税される。従って、炭酸ガスを出さない原子力エネルギーに対しても課税されるが、別途すでに課税されている石油等は除外される。つまり、石炭、天然ガス、LPG、さらには電気に対してかかるものである。ここで、おもしろいのはエネルギーを多消費する企業ないし40団体が、政府と合意した削減目標を掲げる協定を結び、実際その目標に従って削減すれば、税のうちなんと80%がカットされるという知恵である。

その際、再生可能な自然エネルギーはこの税から除外されているし、また効率のいいコジェネについても除外されている。つまり、エネルギーを多消費する産業に気候変動税という新税をかけるが、いろいろな省エネ技術などを使って、排出を削減することを政府との間できちんと約束した企業ないし団体に対しては、大幅な減税をする。また大切な点は、この気候変動税の税収は、一つには、企業の社会保険負担分を軽減するのに使われ、また一部は省エネ技術等の新技術開発のための補助金等として産業界に戻すというやり方をしており、マクロで見ると、気候変動の新税をかけてもイギリスの産業界にとっては増税にならず、税収中立にしてあることである。

第2におもしろいのは、来年から炭酸ガスの国内排出取引をしようとしていることである。先程の協定に基づいて目標を設定した会社同士で取引が出来るようにしてあり、この取引を促がすためにイギリス政府としては毎年、誘導資金を出すことに決めている。

第3に、電力供給者に2010年までに原則として10%の自然エネルギー供給義務を課そうとしていることである。イギリスでは自然エネルギーの利用状況は現状で全体の2.8%である。これを補助金、海上風車やエネルギー作物の育成などに対し大幅な補助金を出すことによって、2003年までに5%に増やし、さらに2010年までに10%に増やす野心的な計画である。日本のそれは、2010年に3%程度を見込み、それすら難しいといっているのに比べると、日英間にも相当な差が出ようとしている。

以上が、私の見る限り、大変野心的な低炭素経済に向けての取り組みの骨子だが、大事な点は、これらの政策が政府だけの勝手な計画ではなく、すべてが産業界しかも関係する数々の業界との間で時間をかけた度重なる交渉を経ており、基本的には産業界もこれらの政策に同意していることである。

地球温暖化というと、エネルギーを使用する産業界や運輸部門の他に民生部門も問題になるが、民生についても基本はエネルギーの利用効率を高める、細かくは電灯や断熱構造を変えていく、役所、学校、病院などで熱効率を高める、さらに農業部門においては肥料の使用を削減していく、森林の保護、育林をしていく、エネルギー効率を高めるということまで考えられている。

その背景には、地球温暖化はもはや避けられないものであり、しかも、京都議定書で予定した5%程度の削減どころか、長期的には60%ぐらいの削減を要することさえもあり得ることを、官・民ともに見通しており、そこにたどり着くための現実的な手法を今から先取りしてやっていこうという政策理念がある。日本の産業界や役所の一部に、ブッシュ政権が京都議定書を拒否したから、日本もアメリカが入ってくるまではやらない、やるべきでない、と極めて後ろ向きの意見があった。私は今回のイギリスの調査でこの点について、役所側に対しても産業側に対しても繰り返し問うてきたが、全くそういう考えを持っていないことがわかった。それは、温暖化に関する科学的なコンセンサスを尊重し、長期的な見通しのもとで対策を進めていこうとしているに他ならない為であろう。

一方、今回の調査では4つのNGOと短い時間ながら、意見を交換する機会があったが、いずれも元気に建設的な批判者として活躍している姿に、頼もしく心強い思いをすることが出来た。イギリスでは、環境分野でのNGOでどのくらいの人が専従職員として働いているか、という問いかけに対して、出席した2つの団体のうち、野鳥保護王立協会の場合は1,400人、地球の友が150人程度、さらにイギリス最大のナショナルトラストでは5,000人程度の人が専従職員で働いており、イギリス全体で約1万人は専従職員として働いているだろうということであった。1団体ですでに日本の環境省の職員数より多いという事実に、日本側参加者は改めて驚いていた。要は、NGOというものを社会のなかでどう位置づけるか、そして公益事業の一部をNGOに担ってもらった方が、社会全体の効率性がよほど良いという認識(ブレア首相が政権についた直後に市民団体と結んだコンパクトが、その思想を明確に表している)が背景にあるように思う。

最後に、私がイギリスで改めて確認したことは、やはり政治がしっかり機能していることの決定的な重要性である。現在のイギリスは、ブレア政権であるが、京都議定書上の義務はEU全体として8%、EUにおけるイギリスの削減分は12.5%であっても、イギリスとしては炭酸ガスだけで20%削減するという方針が政権の方から出されている。産業界や官庁の間の議論は、その達成方法をどうするか、どうしたら一番効率的で国際競争力も維持できるかに収束する。日本のようにやるかやらないかを根っこから議論することはありえない。

そのブレア首相の方針がどこからきているかというと、やはり温暖化の影響はすでに出ており、将来とも洪水その他の現象はシビアになるという強い認識であり、長年にわたる科学の成果を尊重するというものである。イギリスの経団連を訪ねた時、「担当者は国際的な科学のコンセンサスを尊重すると言ったが、それは経団連内で十分に議論してそうなったのか」と問うたのに対し、「なかで十分に議論をしたけれども、やはり科学が指し示すものに従う、科学のコンセンサスに従う」と答えたのが印象的であった。

日本では、環境税ひとつ10年以上議論していて未だに決まらない。その大きな原因は、政治家が温暖化のインパクトの重大性とその危機さえも政策の適切な実施によりチャンスに逆転し得ることを十分に認識しないからである。日本のため、世界のためにイギリスの環境政策を学んでほしい。