2001年12月号会報 巻頭言「風」より

「環境の世紀」は開幕したか

加藤 三郎


「環境の世紀」と期待される21世紀の第1年目が、まもなく幕を閉じようとしています。読者の皆様はいかなる感慨をお持ちでしょうか。激流にもたとえられる時代の流れのなかで、私自身、持続可能な循環社会の構築に挑戦し、会員の方をはじめ仲間の方々と努力してきた者としてやはり、感慨なしとは致しません。

実は今、約一週間の蘭州と貴陽訪問を終え、北京のホテルに戻り、時間の合間を縫ってこの原稿を書き始めています。中国通の友人から「北京と蘭州は寒いぞ。防寒具を忘れないように」というアドバイスを受け、厚手のオーバーや帽子、それにホカロンなどを用意し、中国に来ました。しかし、北京から1,200km離れた黄河上流部に位置する蘭州でさえ、思ったほどの寒さでなく、持ってきたものは “夏炉冬扇”の状態。地元の人に聞けば、「普段はこんなはずじゃないんだけど。やはり、温暖化の影響なんでしょう」という答えが返ってくる有様です。たかが1週間の滞在中の経験を温暖化の証拠にしようなどというつもりは毛頭ありませんが、もうすでに地球上至るところで、温暖化は始まっていることを実感せずにはいられません。

実際、中国だけでなく日本やアメリカ、ヨーロッパ、アフリカにおいても、温暖化に伴う気候の異常現象が起きています。例えば、大洪水や大干ばつ、あるいは竜巻や山火事、さらには時ならぬ篠突くような大豪雨となって、世界の各地を襲いつつあるのです。「環境の世紀」の第1年目はどうも、温暖化で始まり、温暖化で終わりそうです。

3月末に、ブッシュ米大統領により「京都議定書には致命的な欠陥があり、アメリカ経済に悪影響を与えるので、京都議定書から離脱する」という声明が発表されました。これは、良識あるアメリカ人を含めて、世界中の心ある人に大きなショックを与えました。世界で最大の温室効果ガスを排出し、世界最高の科学技術力を持つアメリカの大統領が自国の経済に悪影響を与えるという理由で、人類社会が10年にわたって積み重ねてきた京都議定書を見放すことが出来るのだろうか。今、地球上で起こっている温暖化の現実、そしてそれがもたらす様々な影響を考えると、その決定には未だに納得出来ません。

そのブッシュ米大統領も9月11日の同時多発テロ以降の動きを見ておりますと、もはやアメリカ一国の利害だけで動くことが出来ず、ロシアのプーチン大統領、中国の江沢民主席、パキスタンの大統領を始め、彼がしばしば背を向けていた国連とも手を結び、テロリストを追い詰める戦いを精力的に展開しています。そして、数千人の罪のない命が卑劣なテロによって失われたとはいえ、長期的に重大な被害をもたらす温暖化対策には背を向けたまま、世界を動員して猛烈な空爆を続けています。そのエネルギーのほんの一部でも温暖化対応に使ってくれたらどれほど後世の人がブッシュ政権を評価するか、私にはそう思えてなりません。

しかし、一時的に存亡の危機に陥った京都議定書は、7月のボン会議で蘇生し、そして11月のマラケシュ会議(COP7)において来年発効へ向けての準備が整いました。小泉首相の「アメリカ政府が京都議定書へ戻るための努力を、最後の最後までし続ける」という発言は、私達をハラハラさせましたが、マラケシュ合意後、2002年に批准することを言明致しました。ここまでくれば、2002年発効は確実でしょう。

一方私達は、今年、今までにないことをしました。それは、街頭に出て、ブッシュ大統領の政策決定を撤回してもらいたい、日本政府に一刻も早く京都議定書を批准する旨表明して欲しい、という思いで、東京で4回ほど街頭デモをしたことです。私は他のNGOの代表たちと並んで、そのうち3回先頭に立ちました。首相官邸の前にも立ち、また、人込みの東京銀座の街頭にも出て、声を嗄らして道行く人に私達の思いを訴えました。NGOになって8年、初めて行った街頭活動です。これがどれだけ役に立ったかわかりません。おそらく大海に1滴を加える程度のことだったと思います。しかし、環境文明21にとって、スタッフ全員が確信をもって街頭に出て、地球温暖化を危惧し、京都議定書を早期に発効してほしいという思いを伝えたことは、大きな財産となりました。そして、今後も必要があれば、たとえ雑踏に声がかき消され、振り向いてくれる人がほとんどいないとしても、街に出て、訴えねば、という思いが強く残りました。

京都議定書が発効するためには少なくとも、日本の国会が来年の早い時期に批准をしなければなりません。しかし、批准をするかどうかについて、またしても、財界の一部から強い異論が聞こえてきます。アメリカが京都議定書に加わらないのに、日本が加わると、日本の産業は経済的に不利な状況に陥るのではないか、アメリカがやらないものを日本がやるのは外交上問題があるのではないか、さらには、京都議定書とともに出てくるであろう国内対策の強化に対する反対などです。特に、経団連の中枢のなかに強い反対があると聞いており、暗い思いをしております。

一方、先に訪れたイギリスでは、政治家も産業人も、「温暖化はすでに始まっており、長期的には極めて深刻な事態になる。将来的には、京都議定書で決めた先進国だけで温室ガスを5%カットするどころか、おそらく今世紀の半ばくらいまでには60%以上のカットが必要となる事態すら考えられる」との共通の認識があります。そして、今から戦略的に温暖化対策をとり、イギリス経済を低炭素経済に変えていこうという動きが始まっています。やみくもに反対し、戦略なき戦いをするのと、現実を見据えて長期的な戦略をたて、イギリスの社会と経済を競争力のあるものに変えていこうとするのとでは、大差があります。この差は、おそらく5年経ち、10年経つ間に、第2次世界大戦時のガダルカナルなどでの不毛な戦略なき戦いで兵を死地に追いやったのと、それを勝利に導いたアングロサクソン流の戦いとの差に近い結果となって現れるのではないかと、とても恐れています。やはり、今の日本で最も必要なのは、科学の成果を十分に認識し(疑問があればいくらでも議論し、検討を重ね)、そのもとで、長期的な視点で戦略的対応をすることだと考えます。

日本が今日の苦境から脱出するためには、やはり英知が必要です。その英知は、どうも今までの既成の組織からは出てきそうもありません。私は、NGO8年の経験から、NGO/NPOのなかにその可能性がある、と強く感じております。NGOなら何でも出来る、能力がある、とうぬぼれているわけではありません。しかし、NGOはその市民性、専門性、先見性、そして長期的視野で考える、日本では数少ない組織となっています。この機能は、タテ割りの壁にはばまれた官僚組織に求めることはできません。株主総会や決算の数字を気にする個別企業にもまた求められません。やはり、無私の精神で遠くを見る、そして、遠くを見た目で現実を見据えたことを、率直に、恐れずに語れる立場にある私達のNPO活動にこそ、希望を託せると思っています。ご支援をお願いします。よいお年をお迎えください。