2002年3月号会報 巻頭言「風」より

グリーン経済を一緒につくろう

加藤 三郎


1.経済・社会の危機の様相

昨日今日始まったことではないが、新年に入っても日本の経済社会には暗い話題が一杯だ。新年早々の1月4日付け日経夕刊のコラム「十字路」で、民間経済人である新宅祐太郎氏は「1,000兆円破たんと生存戦略」と題する一文を寄せている。その中で彼は「国・地方の債務七百兆円に特殊法人の債務三百兆円を加えると千兆円になる。日本の運命を決めるのは千兆円の重圧である」と書き始め、この千兆円がさらに津波のように巨大化すると指摘しつつ、「今年も人々の関心は構造改革や景気対策にくぎ付けになるだろう。そうした論議は、墜落寸前の飛行機の乗客が、故障原因を詮索するのに似ている。乗客がなすべきことは、少しでも生存の確率を上げることである。クッションを用意して衝撃に備える姿勢をとろう」と結んでいる。民間のエコノミストもついにここまで言うようになったか、という思いを正月早々させられたものである。

本年1月11日付けの日経に、世界の競争力ランキングが載っている。それによると、スイスの国際経営開発研究所が主要49カ国・地域を対象に、毎年競争力ランキングを発表しているが、日本は'93年まで首位であったのが、21世紀の最初の年の昨年は総合で26位に後退している。研究開発の部門だけは辛うじて米国に次いで2位をつけているが、「大学教育」、「新規事業志向」や「開業のしやすさ」では、49位と最下位である(ちなみに、国力の一指標ともなるオリンピックの成績は今回の冬季22位、前回の夏季15位)。

もう一つ、2月10日付け朝日新聞「私の視点」欄に評論家、立花隆氏が寄せた「破滅目前、幻想が壊れ始めた」という見出しの文章では、「小泉改革はすでに破綻している。100年後の歴史家はいま起きている事態を平成恐慌と呼ぶだろう。すでに、バブル崩壊以来、日本から失われた国富は大恐慌時代にアメリカが失った国富をはるかに凌駕する。へたり込んだ日本経済はいかなる刺激策にも反応せず、半死半生状態を続けている」との大変厳しい認識を冒頭に述べながら、次のように夢と希望に期待している。「もはや財政の出動以外の選択はない。しかし、昔ながらの無意味な公共事業バラまき(族議員横行)時代に戻っては元の木阿弥である。ニューディール政策のような未来に夢と希望を持たせる、未来投資型の事業を国家主導で起こすことである。日本経済の再生にいま何より必要なのは夢と希望である」と。

2.課題は「環境と経済」をどう調和させるか

確かに、日本経済の再生に何より必要なのは、夢と希望を抱かせる未来投資型の事業であろう。20世紀の人口の重圧と経済活動の拡大で、地球の環境を目一杯使っている我々に残される夢と希望はどこから出てくるのであろうか。それは、これまでのやり方、これまで正しいと考えられてきた経済学を含む学問まですべてを根本から見直し、必要な転換をしなくては、という厳しい覚悟のなかからしか出てこないのではないか。そして未来投資型の事業は、本誌を通じて繰り返し述べてきたように、経済と環境が調和し、人間社会が生き生きと脈動する持続可能な循環社会をつくることに他ならないのではないか。それは簡単に言えば、環境対策のためにとった措置が経済にも人間が生きる社会にも役に立ち、また逆に経済対策としてとった措置がすなわち環境にもいい施策、事業、企業活動、そしてライフスタイルとなることだろう。環境容量ギリギリのところに棲む60億を超える人間が、持続的にかつ平和に生き続ける道は他にない、と思っている。

このような考えで、日本社会についてはすでに私は先月号を始め、昨年5、6月号「私の構造改革論」や2000年8月号の「経済の中身を変えよう」において、環境と経済が調和するとは具体的にはどういうことなのか、の足がかりになるような議論を展開してみたつもりであるが、もとより未だ試論の域を出ていない。

3.環境倫理の会がグリーン経済に挑戦

ところで、当会の環境倫理の会は、食と環境倫理についての作業を一旦終了した後、今はこの環境と経済の調和した姿(グリーン経済)を具体的に描き出していく作業に取り掛かり始めている。日本にとって必要なグリーン経済とは具体的にどういう姿になるのか、何をすれば環境にも経済にも共にいいのか、などについて関心を寄せている新しい会員メンバーを交え、昨年11月から活発に議論が始まったところである。第1回の小林節子さんの話題提供「私たちの暮らし・経済と環境倫理」を中心に皆で議論した結果、しばらくは先達の労作を勉強してみようということになった。第2回の12月20日には、川原啓佑さんから、後藤隆一著『ヒューマノミックスの世紀』など人間復興における経済学の考え方について紹介があった。また私は『スモールイズビューティフル』に見るシューマッハーの思想を改めて紹介した。

今年2月1日に第3回会合を持った際に、事務局の荒田鉄二から、デビット・コーテンの『ポスト大企業の世界』について刺激的な紹介があった。デビット・コーテンは、世間で日々呪文のように唱えられている次のような"常識"、すなわち、「社会主義が終焉した今、好むと好まざるとにかかわらず、経済のグローバル化と新しいグローバル資本主義の力は絶対であり、覆すことも不可能。当面は資本主義による創造的破壊の試練に耐えながら、消費拡大主義、自由貿易、経済成長への傾倒を強めなければならない。それが、世界の平和と繁栄へ至る道。同時に、この時代を生き延び繁栄を望む者は、グローバル経済での熾烈な競争に勝ち抜く方法を学ぶべし」という考え方に対する挑戦として文書を書いたという。中身について当日詳しい紹介があったが、例えば、「生命の知恵から学ぶ」の項では、①自己組織化、②倹約と共有の機構、③自己完結的・地域密着型社会、④協調、⑤境界線の維持、⑥多様性、創造的個性、学習の共有がまた「ポスト大企業世界の設計ポイント」、「健全な市場の10原則」、「生命ある人間の権利を取り戻すための課題」など世界の最先端にある一つの考え方を知る機会となった。

また3月1日の第4回会合においては、再び小林節子さんから井上信一著の『地球を救う経済学-仏教からの提言』の詳しい紹介、山辺潔さんから現行の法制度の枠組みにおける経済活動の問題点などの説明があり、これらを巡ってメンバーで議論を交わした。

今後とも、当会も日本社会にふさわしく、かつ、可能なグリーン経済の青写真を出来るだけ具体的に描き出したいと思っている。読者の会員のなかでこのグリーン経済の探求に加わりたいと思われる方は是非参加してほしい。月に一度、都心での会合には出られない方でも、FAXやメールで参加して欲しい。事務局もホームページ等を通じてこの議論の概要を会員の皆様にお伝えするので、関心のある方はどなたでも参加して欲しい。

NGOである私たちこそが、環境の世紀たる21世紀にふさわしい企業経営、ビジネスモデル、ライフスタイルを力強く提案しようではないか。何故なら、自由な立場で探求と提案が出来るのは、今の日本では、潜在能力があっても縦割り行政の掟に縛られている官僚でもなく、株価の低落や会社のサバイバルに手一杯の企業人でもない。また、利権や明日の選挙が気になる政治家でもない、と思うからである。