2003年12月号会報 巻頭言「風」より

環境問題を素通りした総選挙

加藤 三郎


                                                          

◆環境問題は争点の枠外に

去る11月9日、総選挙が行われた。結果はご存知の通りである。私にとって最も関心を引いたのは温暖化対策など環境問題が争点の枠外に置かれてしまったことである。

衆議院が解散されて以来、メディアは今回の選挙の争点を取り上げ、さまざまな論評を加えてきた。選挙直前の段階で、各メディアがどう絞ってきたかを示すと、読売新聞は経済、雇用、社会保障、道路公団改革、イラク復興支援、そして憲法の6項目を、朝日新聞は道路、経済、郵政、年金、イラク支援、地方、雇用の7項目を、毎日新聞は構造改革、景気対策、年金など社会保障、教育政策、治安対策、イラン・北朝鮮対策の6項目に絞っている。

ご覧の通り、環境対策はすっぽりと抜け落ちている。しかし、これはメディアの勝手な主観的な選択によるものではない。たとえば、読売新聞は定期的に世論調査を実施しているが、ここ1,2年は環境対策は常に8位~10位に位置しており、景気対策、雇用対策、財政の健全化などに比べるとはるかに低い位置に置かれている。また同紙は立候補予定者に、アンケート調査を実施しているが、そこでも環境対策はやっと9位。経済問題が中心になっている。

このように、政党もメディアも2003年11月の段階で、環境問題を視野に入れていなかったことだけは記憶しておきたい。

◆私の評価

① 「将来」の不安なら年金よりも環境問題

今回、年金問題が最大の問題として浮上したのは興味深い。なぜ年金問題が浮上してきたかといえば、国民が将来の生活に不安を持ち、特に年金制度が崩壊するのではないかと心配したためだという。年金を取りまく事実関係を知れば知るほど、確かに年金制度は崩壊に至るのではという危惧を持っても不思議ではなく、年金問題が重要な政策課題であることは私も理解できる。

しかし、将来の不安ということならば、年金よりも私たちの生存の基盤となる環境問題の将来こそ、より根源的な不安であると考える。最近の気象の異変などはまさに尋常でない。本誌は10月号で今年の夏の異常レポートをしたが、その後もたとえばカリフォルニアでは、10日以上も続く大山火事があった。その背景に地球温暖化に伴う高温と乾燥が山林をまさに燃料と化してしまった感がある。それによって多数の人が家を焼かれたり、長期の避難生活を強いられた。このような山火事はカリフォルニアだけではなく、世界のあちこちで大規模な火災が起こっている。その背後に地球温暖化に伴う異常気象が常に指摘されているのだ。しかもカリフォルニアの場合、山火事が終わったあとに大雨が降って、火事で燃え尽きてしまった山林では、一転して大雨による土砂崩れが大変心配された。住民にとってすれば、まさに火攻め、水攻めの苦難を味わったわけである。

科学者によれば、これでもまだ温暖化問題は序の口だというにもかかわらず、やれ景気の回復だ、高速道路無料化だ、年金の問題だということにばかり政治家も、メディアも、国民も血なまこになっている。後世の人々は2003年11月に当時の国民は何を見ていたのか、と非難をするに違いない。政治が国民の将来の不安に対して適切な手を打つことは、大事なことであり、すべきことであるが、今年の総選挙では最も重要な視点を持ち忘れていた歴史的汚点と後世から批判されるだろう。

本来ならば、この時点では京都議定書の発効が遅れている原因となっているロシアにどうアプローチすべきか、また温暖化対策にとって、きわめて重要な環境税の導入を含む税制の改革をどのように進めるべきかなど、そういう点が争点になってしかるべきであった、と私には思われる。

② 憲法がやっと政策課題に

今回の選挙のもう一つの特徴は、曲がりなりにも憲法が争点の一角に登場してきたことである。とはいっても、政権公約やマニフェストを見ても、まだまだ腰が据わっていない。自由民主党の政権公約では2005年に憲法草案をまとめ、国民的議論を展開するとともに、国会法の改正と憲法改正国民投票法を成立させるとなっている。一方民主党のマニフェストでは、時代の要請にも即した憲法論議を進めながら、国民合意の下で、「論憲」から「創憲」へと発展させるとなっているだけである。両党とも憲法にどういう内容を盛り込むのか、少しも書いていない。創憲といっても何をどう創ろうとしているのか、その方向性すら示していない。公明党の場合も、環境権やプライバシーなどを補強する加憲を検討する時期と述べているだけである。

憲法の改正を議論するとは、国の将来をどういう方向にもっていくかを議論することでもある。私は過去50年続いた成長優先を前提とするものから、成長よりも持続性を優先するものに国家の方向を一転換し、その一環として憲法の中に環境対策を明確に位置づけることが重要だと思う。しかし、残念ながら今回は憲法が一つの問題ですね、といったところまでで、何のために、どう憲法改正議論を進めていくかの方向性すら出せなかったということはまことに残念である。しかし、日本の戦後政治の中で初めて憲法がまともに選挙の争点らしくなってきたことは一つの進歩だと思う。

③ 投票率の低さ

ここ数年国政のみならず、自治体での選挙も投票率が低下傾向にある。今回は59.86%で、かろうじて6割近くになったが、それでも戦後行われた総選挙の中では、下から二番目の低投票率。国民が政治に対して、明確に意思を表明できる最大の機会をみすみす逃がしているのはまことに残念。50%を割るような選挙は全て無効にすべきだと私は最近思い始めているが、この点についてはまた別の機会に触れてみたい。