2004年4月号会報 巻頭言「風」より

憲法をみんなで議論しませんか

加藤 三郎


古くからの会員はご記憶だと思うが、私は96年6月号の本欄において、「憲法に『環境』が見えない」と題し、日本国憲法において、今日ではとても重要と思われる環境問題がすっぽりと欠落していることを指摘した。日本国憲法は、前文から始まり、補則に至るまで、全部で11章、103条から成るが、環境の「か」の字も出てこない。環境など書いてなくてもいいではないか、という人もいるかもしれないが、日本の政治における経済と環境の調整ルールの欠如に問題あると思い、そこでは次のように述べた。

「経済も人間にとって大切であるが、人間の生存そのものにつながる環境は同じく大切である。この2つの「大切」をどう調整するかのガイドラインが、今の憲法にはない。これまでのところ、「経済」が出っ張れば、「環境」が引っ込まされてきた。そのようなことの繰り返しが、地球環境問題の出現である。」

この文章は8年前のものであるが、環境税の問題一つとってみても、また、原子力エネルギーと自然エネルギーの開発の調整などの問題を見ても、経済のために、環境が引っ込まされてきているのは今も変わりない。この文章を書いた後、憲法に環境条項がないのはおかしいという思いを、私はますます強めるようになった。そして、その後の著書・論文、講演などにおいて、繰り返し環境条項の必要性を訴えてきた。

そのように主張する理由を改めて簡単に述べれば、次の3つである。

①環境問題は、憲法に盛り込む基本的事項

そもそも憲法とは何であろうか。法学者はいろいろと解説・説明をしているが、共通的な要素を述べれば、憲法は国家の基本的事項を定め、他の法令で変更することのできない、国家最高の法規範、というものであろう。それでは今日において環境問題は基本的事項ではないのであろうか。そんなことはない。地球温暖化など地球規模の環境問題の急速な悪化、化学物質や廃棄物の処理・リサイクルなど、私たちの身の回りにある環境問題の重要性を考えれば、これが基本的事項であることは疑いなかろう。もしそうなら、環境問題こそ憲法に規定される理由がある。

これについてよく言われる議論は、憲法にはなくても、環境基本法は環境分野の「憲法」なんだから、憲法にわざわざ書く必要はない、というものである。私はこの議論は間違いだと思う。なぜなら、基本法といえども、数ある法律の一つにすぎない。経済、エネルギー、外交、防衛など他の重要事項の中におけば、環境基本法がそれらの諸政策の上に位置するわけではない。だから、現実に、景気対策や税制、原子力問題や外交問題などが出てくれば、環境問題はそれらの影におかれてしまうのが政治の現実で、それは憲法上の位置付けを反映している。私は、このような現実と法制上の位置づけを考えると、日本国憲法の中に、環境問題をしかるべく規定することが極めて重要であると考える。

②半世紀で全てが様変わり

憲法は1946年11月3日に公布され、翌5月3日に施行されたので半世紀をはるかに越え、60年に近い年月がたっている。この長い時間の中で、日本はもとより世界を取り巻く政治・経済・環境的な面が激変している。政治的に言えば、東西の冷戦構造が解消して久しいし、また、この憲法が書かれた時には22,3億人程度であった世界の人口が、現在は63億人と、ほぼ40億人も増えている。日本の人口は約7500万人であったのが、現在は1億2700万人であるので、この間に約5000万人も人口が増えている。経済規模にいたっては、世界のGDPベースで見れば、ほぼ8倍増。特に貿易量にいたっては、極めて大きな変化を示している。

環境面でいうと、地球の温暖化、砂漠化、環境ホルモン、ダイオキシン問題、オゾン層の破壊、酸性雨、生物種の激減などの問題は、憲法が書かれたころには全く認識されていなかった。だから60年前近くに書かれた憲法に、環境がないのは非難するに当たらない。しかし、社会・経済情勢、環境などが一変し、世の中が様変わりしたにもかかわらず、国の基本法であり、全ての法令の最高法規といわれる憲法に環境条項を入れる努力を怠ってきたことは、政治的な怠慢以外の何物でもないと思っている。

③持続性を憲法の主柱の一つに

しからば、憲法に何を書くべきと私が考えているかを簡単に述べれば、まず前文において、日本社会の持続性を保持するために全力を尽くし、また、人類社会の持続性を保つために貢献を惜しまない旨を、しかるべき場所に書き込むこと。条文の中においては、次のような趣旨を書き込むべきだと考え、私は主張している。

この提案は、私よりも先に憲法改正問題を主張していた読売新聞社や愛知和男先生のご意見も参考にしながらまとめたものであるが、特に第2項は私が強く言わんとしているところである。

以上、私の個人的な見解を述べたが、近著の『環境力』においても、さらに詳しく議論しているので、関心のある方はご参照願いたい。

会全体としても、憲法を皆で議論して、広く社会に訴えることを改めて提案したい。つまり憲法部会を設置して、「憲法を改正すべきでない」などの意見をお持ちの方も含めて皆で一緒に議論をしてみようと思う。そして議論するだけでなくて、私たちの意見を広く政治家やマスメディアさらに一般の方々に訴えていきたいと考えている。この部会をつくるべきかどうかも含めて、皆様方のご意見を本号に同封したアンケートにお答えくださるなりして、お考えをお聞かせいただきたい。お待ちしています。