2004年9月号会報 巻頭言「風」より

今、自治体が元気で面白い

加藤 三郎


小泉政権になって間もなく3年半となる。「改革なくして成長なし」と言い続け、確かに郵政事業や道路公団の民営化や、地方への補助金を大幅に削減し、代わりに税源を地方に譲るという「三位一体」の改革、さらには自衛隊のイラクへの派遣などは、歴代の自民党総裁や首相が取り組まなかったことであり、小泉さんだけが挑戦した。ただ、3年半も経つのに、目に見える成果は出ておらず、国民の間でも政治改革や行政改革のスピードの遅れに不満も強くなっているようである。

国が、いわゆる「永田町・霞ヶ関」政治の既得権益との調整にてこずり、各省庁の障壁に阻まれて、改革が渋滞しているのと対照的に、自治体、特に市町村の場合は、なかなか素早い反応を示し、元気で面白い市町村がたくさんある。

私が注目している自治体のうち代表的な例をいくつか挙げれば、環境の文化面や教育に力を入れている長野県飯田市、仙台市、兵庫県西宮市、生ごみの利用では山形県長井市、風力利用では山形県立川町や岩手県葛巻町、バイオマス利用では岩手県の住田町、コミュニティバスでは東京の武蔵野市、雨水利用を全国的、国際的に進めている東京都墨田区、ごみ減量化に猛烈に取り組んだ名古屋市、さらに、生活排水処理として浄化槽に力を入れている秋田県二ツ井町、温暖化対策に積極的に取り組んでいる熊本市、冬には持て余していた雪を逆転の発想で活用している北海道の沼田町や新潟県安塚町、さらに、エコタウン事業として実績を上げている川崎市や北九州市などである。

今挙げたのは、全国各地にある注目すべき自治体の中のほんの一部だけだが、国際的に見ても魅力的な町がたくさんある。何故自治体では動きやすいかと言えば、第1に行財政のサイズが適当であり、首長のリーダーシップが発揮しやすい。特に最近首長になる人の中に、明確な理念・哲学・政治手法を持ち、部下である役所職員を督励して、自分の政治使命を上手に追求している人が目立つ。国の場合、小泉さん以前の人は首相として1年程度しかもたない時期が長く続いたが、自治体の首長の場合、2,3期あれば10年前後になるので、腰の据わった行政がしやすい。従ってリーダーシップを発揮できる。

第2は、自治体も財政力は減退しているので、自治体だけで何でもやろうという従来の姿勢を転換し、企業・市民団体・NPOなど役に立つものとはすぐにパートナーシップを組み、改革の実を上げている場合が多い。国の場合、エリートを自認している官僚群が、それぞれの権益などに執着するだけでなく、大臣であれ総理大臣であれ、どうせ1年いるかいないかの「お客人」と見なして、指揮監督には面従腹背の場合が多い。ましてNGOなどと本気になって前向きに取り組むのはまだ少ない。それにくらべ、一皮も二皮も剥けてきたのは、理念も哲学もある首長のリーダーシップのもとで変革しつつある自治体である。

具体的な例を3つほど述べてみよう。

長野県飯田市と言えば、天竜川沿いの山並みに囲まれたりんご並木で有名な地方都市と思っていたが、環境の分野では目覚しく活躍している。最近は「環境文化都市」を標榜し、ISO14001を取得することはもとより、地域のNGOや企業と一緒になって様々な取り組みをしている。実は、この8月末、私たちは「エコタウン飯田で循環社会を考える」シンポジウムを開催したが、ここに集まってきた人たちの熱意、レベルの高さ、そして立地企業の元気な取り組みの素晴らしさを現地で改めて感じた。

一方、東京の武蔵野市もなかなか面白い。土屋市長のリーダーシップのもとで、次々と注目すべき取り組みをしているが、私は「ムーバス」の成功に惚れている。ムーバスについては、本誌の2001年4月号で紹介されているので、詳しくは述べないが、要は、高齢者や子供などの交通移動弱者と言われる市民に、便利で環境にやさしい足を100円という低価格で提供している。多くの自治体でこの種のコミュニティバスはあるが、赤字を垂れ流して、税で補填するというケースをよく見る。武蔵野市の場合には、経営的にも成り立たせ、しかも市民によろこばれている。

つい最近、土屋市長は、『ムーバスの思想』と題する本を出したが、その中で、なぜムーバスが成功したかを述べている。第一の理由は、ニーズの発見が市民の提案だったこと。第二に、当時バス事業は、運輸省の認可を受けねばならなかったが、同省と上手く協力しあったこと。第三は、市が企画、路線開発をし、民間バス会社が運行するという役割分担を上手くやったこと。第四は、公共交通を提供しただけでなく、高齢者、障害者、妊婦などの福祉対策や、違法駐車一掃などの交通安全対策、運転手に中高年を採用する雇用対策、さらに、排ガス浄化装置搭載などの環境対策、商業地活性化など、多面的な政策効果を生み出したことであると言う。

もう一つアメリカの例を述べておこう。ブッシュ政権は、温暖化対策など環境政策一般に消極的であるが、自治体は必ずしもそうはなっていない。その一つが、オレゴン州ポートランド市。ここでは、自然エネルギー政策、市が使う建物の省エネ・断熱化の推進などによって、一人当たりの温室効果ガス排出量を、1990年レベルから2003年度までに13%削減し、将来に向けては、70%の削減を見込んで、極めて熱心に取り組んでいるという。

このように、国の動きは鈍くとも、自治体の中に、首長のリーダーシップのもとで、環境対策に効果を挙げるだけでなく、市自体の活性化を促している、つまり「環境力」を発揮している例はいくつもある。

考えてみると、日本の江戸時代、幕末になって幕藩体制が硬直化し、衰退してきた時に、西洋列強からの開国圧力の中で、今で言えば自治体である薩摩、長州、土佐などで、かなり厳しい内部抗争を経て、幕府ではできない、新しい道を探り出す努力が繰り拡げられた。その中から坂本竜馬などに代表される脱藩NGOが生まれ、ついには日本を新しい時代に適応させるよう変えていった。それと同じように、社会全体の持続性の破綻という重大な脅威を近未来にひかえ、まず自治体が動き出している。この動きがやがて国全体を大きく転換させていくよう、私たちNPOも頑張らねばならないと強く思うこの頃である。