2004年11月号会報 巻頭言「風」より

経団連の「断固反対」とCSR熱との間

加藤 三郎


今回は、本欄のタイトルだけ見たのでは、一体何のことを言っているのかさっぱり分からない方もいらっしゃるのではないだろうか。まず、本論に入る前に、簡単にタイトルの意味を説明しておくと、「断固反対」というのは、経団連が平成17年度の税制改正に関する提言(9月17日付)の中で、「環境税は断固反対」と述べ、それに関連して、温室効果ガスの国内排出量取引制度についても断固反対、と述べていることを指している。 また、CSR熱というのは何かと言うと、そもそもCSRとは、企業の社会的責任のことで、これについては、環境経営を主軸とし、経団連傘下の企業が競ってCSRの確立に努めており、従って多くの企業が、わが社はCSRを実行していると主張しているものである。その社会的責任の中には、言うまでもなく、環境対策をしっかりやりつつ、企業として、単に社員や株主だけでなく、社会との間でも信頼関係を確立することを含んでいる。

ご存知の通り、企業なかんずく経団連傘下の大企業と言われるものは、ここ10年くらいの間に、それ以前には考えられなかったような環境経営につながる行動を、自主的に次々と打ち出してきている。ISO14001の取得がその第一歩とすれば、法律の要求事項でもないのに環境報告書、最近では、CSR報告書といわれるものを競って出す。しかも、第三者認証とか、第三者のコメントとか、盛りだくさんになって、わが社は環境にこれほど貢献しているのだ、製品はこれほど環境にいいのだと、そしてかつての雪印乳業や最近の三菱自動車に見られるような、悪質な企業行動はとらないということを、まるで熱にうかされたように、ここ2年くらい言い続けている。

私が最近ちょっと驚いたのは、CSRについてISOで国際的に規格化しようという話が持ち上がったときに、経団連傘下の企業は、最終的には規格化に断固反対という姿勢で、ISOの会議に臨んだのである。しかし、それが会議の大勢にならないと見るや、一転してCSRの規格化を検討するための議長国になりたいとか、それもだめになると、今度は主要な分科会の座長になりたい、というようなことを主張していると報じられていることである。私としては、経団連が環境税に断固反対を表明していることと、企業の社会的責任に熱をあげていることとどうつながるのか、大変興味があるところである。

そもそも、経団連は何故環境税に反対しているのか。私なりに理解すると、概ね6点くらいの理由がある。①わが国の産業は最高水準のエネルギー効率を達成しており、さらなる省エネを進める余地は小さく、やるとすればコストは極めて大きくなる。②石油・石炭税、揮発油税、軽油引き取り税などたくさんの税が課税されており、もしここに環境税(地球温暖化税)を導入すると、新たな多重課税となり、研究開発や設備投資にまわるべき資金が失われ、国際競争力が失われて、日本の産業が空洞化する。③エネルギー効率の高い日本企業が海外に出て行くと、海外では熱効率が悪いので、地球規模では結果的に温室効果ガスが増えてしまう。④2年前に導入した石油・石炭税により、温室効果ガス対策の財源は既に措置済みである。⑤炭素税導入論者は、産業の実態を全く知らず、極度の楽観論に基いて政策が打ち出されていることに、強い危機感を覚えている。⑥国内排出権取引制度をしようとすると、個々の企業に排出量を割りあてる必要が出てくるが、これは規制色、経済統制色の強い施策であり、とうてい受け入れられない。

このような理由を挙げて、温暖化対策に税という経済的手法を使って目的を達成しようとすることに対して、経団連は断固反対している。9月17日の段階では京都議定書がどうなるかはっきり見えてこなかった時期であるが、その後10月に入ってプーチン大統領の鶴の一声により議会も動き出し、まず下院が、そして上院が京都議定書の批准手続きを完了した。プーチン大統領は11月4日に批准書にサインしたので、ついに京都議定書が2月に発効するのは確実となった。

そういう状況を受けて、経団連幹部の方々の発言も微妙に変わってきてはいるが、私の知る限り、9月17日の、断固反対の姿勢を正式に取り下げたという話はきいていない。私自身は、かねてから言うように、温暖化対策であれなんであれ環境対策の要諦は、規制と経済的手法を適切に組み合わせることである。例えば自動車排ガスについて言えば、1970年代に非常に厳しい自動車排ガス規制を導入したが、その一方でそれをクリアした車に対しては、わずかではあったけれども、優遇税制も導入している。特に平成に入って自動車税制のグリーン化が進み、規制とともに税が低公害車の使用を進めたことは明らかである。

現在の経団連会長会社であるトヨタ自動車のプリウスが、予想をはるかに超えて売れているのは、間違いなくグリーン税制が効いているのである。つまり、経済的手法は、規制とともに極めて大きな効果を持つ。過去においても様々に税制は活用されてきている。おそらく京都議定書の発効が霧の中でもあり、とりあえず「断固反対」と言っておけば条件闘争に持ち込めるとの思惑もあって、こういう表現になっているのではと思うが、私は「環境立国」を標榜している経済産業省までが、経団連に悪乗りをしたり、経団連をミスリードしているとも思われ、誠に残念である。

私自身は、昨今の異常気象の荒れ狂う様を見ても、温暖化対策は待ったなしであり、その中で、間違いなく環境税は大きな役割を果たすと確信している。もちろん、規制も強化しなければならない。京都議定書が動き出しても、すぐにその次の段階(2013年以降の規制のあり方)の話になる。次の段階は、科学者が言っているように、先進国全体で5%程度の削減では到底温暖化は止まらないので、もっと厳しい規制が出てくる。現にアメリカのカリフォルニア州においては、自動車排ガス中のCO2を現状から30%削減しようという規制が動き出そうとしている。また、火力発電所から出るCO2に規制をかける州も米国にすら出ている。

こういうことを考え、かつ経団連傘下の方々がCSRを非常に重視し、現実に世界でもトップレベルの環境対策をやっているにもかかわらず、「断固反対」だけでは、なんとも知恵が足りないと思わざるを得ない。断固反対ではなく、長期の動向をしっかりと見据え、温暖化対策税のあるべき姿に真正面から取り組み、産業界にとっても国民にとっても、最も望ましい税制をつくりあげていくという建設的・積極的な役割を日本経団連には期待したい。