2006年4月号会報 巻頭言「風」より

温暖化時代を生きる智恵

藤村 コノヱ


先月号でお伝えしたように、2月末に開催した「温暖化時代を生きる」シンポジウムにはたくさんの参加がありました。これまでにも温暖化をどう食い止めるかについては、いろんな会合が開催され、情報も多かったのですが、今回のように、温暖化した時代にどう適応して生きていくかというテーマの議論はあまりなかったためと思われます(内容は3月号をご参照ください)。

当日は国立環境研究所の原沢英夫氏が、地球温暖化の最先端の科学情報について解説して下さいましたが、科学者がこれまで考えていた以上の速度で温暖化が進行しているという事実に、日頃から温暖化の情報には触れている私たちでさえ、改めて強い危機感を感じました。

そして、こうした科学的なデータと近年頻発する世界的な異常気象を考え合わせると、どんなにがんばっても、残念ながら、長期にわたって、私たちは温暖化時代を生きていかざるを得ない気がします。もちろん、猛烈に温暖化した社会を生きるのか、それとも何とか持ちこたえられる程度の温暖化社会なのか、その程度は私たちが温暖化を抑えるために、今後どの程度努力するかにかかっているわけですから、これまでの温暖化抑制・緩和策は引き続き、というより、さらに強力かつ迅速に進めていく必要があることは言うまでもありません。

しかし、現在の日本の温暖化対策の進み具合や、アメリカや中国といった大国の温暖化に対する消極的な姿勢を見ていると、抑制・緩和策だけでは到底凌げない、科学的データに基づいて賢明に将来を予測し、予防原則に基づいてそうした時代にも生き残れる智恵を持たなければならない、と思うのです。数年前、冗談で「温暖化を防ぎましょう、というより、温暖化時代を生きる方法を提案した方が、関心を持ってもらえるかも?」といっていた事が現実味を帯びてきたことになります。

日本でのこれまでの温暖化対策は、排出抑制に重点が置かれ、適応策についてはほとんど考えられてきませんでした。国際的には、戦略的に物事を考えるのが得意なEUでも議論が始まったばかりのようですが、イギリスは比較的早い段階から取り組みを開始しています。1997年に設立されたUKCIP(UK Climate Impact Programme)は、団体や企業が、気候変動に効果的に適応できるよう、共通のツールやデータベースを無料で提供しており、自治体や企業関係者と共に、既に産業別、地域別に具体的な適応策を考えはじめています。

こうした取り組みに刺激されたこともあって、環境文明21でも、温暖化の適応策をめぐっては、昨年から、原沢先生始め、原剛当会理事、内藤正明京都大学名誉教授、損保ジャパン環境財団の北村必勝氏にも加わっていただき議論を交わしてきました。そこでまず出た話は、「適応策に逃げてはいけない。あくまで温暖化を抑制・緩和することに努めながらも、適応策についても考えておく」ということでした。そして「生き残れるものだけが生き残る、といった考え方ではなく、日本の風土、文化、コミュニティなど、その良さを活かした適応策にしよう」「コミュニティの再生を含め、日本の社会的共通資本を活かした適応策にしよう」「単なる技術的な適応策ではなく、環境文明21らしい適応策を提案しよう」というものでした。

議論を始めたばかりで、現時点では、①確かな情報の共有化のための基盤整備、②各種関係団体との個別的「適応」策推進のためのコミュニケーションの強化、③地域コミュニティの再生と強化、④自治体・企業関係者のためのキャパシティ・ビルディング、⑤情報のあり方や普及啓発の検討など、大枠的な提案にとどまっており、まだ具体的な提案には至っていません。それに、業種や地域により、適応策もかなり違ったものになることが予想されることから、現場を良く知る業界や地方自治体とともに取り組む必要があると思います。

しかし、現時点でも言えることは、適応策が取られた社会というのは、異常気象などにも持ちこたえられる「危機に強い社会」であり、それは、ハイテク技術を駆使した社会というよりむしろ、日本の伝統技術をうまく活用し、人と人が繋がり互助の関係が成立しているコミュニティ社会のイメージに近い気がします。そしてそれは私たちが探求する「持続可能な社会」と重なり合うもののように思います。勿論温暖化をハイテク技術で解決しようという動きも盛んで、これを否定するつもりはありませんが、その技術が自然の理にかなったものでなければ、これまでの過ちを繰り返すだけだということを肝に命じておく必要があります。

今後日本においても具体的な適応策を個別に考えていく必要がありますが、特別なことをやるというよりむしろ、これまでの持続可能な社会作りに向けた様々な取り組みの延長線上にあるものとして考えてもいいものもたくさんあると思います。 例えば、地産地消や、風力・太陽光・バイオマスなど自然エネルギーを活用する動きが活発ですが、こうした活動も、単に健康だとか省エネという意味だけでなく、気候緩和や保水能力を持つ農地を残すことにもなります。また温暖化して世界の食料やエネルギー供給事情が変化しても、私たちの生命や生活の基盤である食料やエネルギーを自分のところでかなりの程度賄うという安全保障にもつながります。まさに「危機に強い社会・暮らし」に繋がるわけですから、こうした取り組みも、適応策の一つといえるのではないかと思うのです。

また最近、「昭和」が一つのブームになり、昭和の時代をコンセプトにした町おこしが各地で見られます。今後こうした活動が、先月号「データで見る持続可能な社会」で紹介したような、日本人が地球環境の許容範囲内で暮らしていた昭和40年頃の優れたところを活かす活動につながれば、これも温暖化の適応策につながるのではないかと思います。

また、あのアメリカでさえ今回のようなハリケーン被害に備えて国が洪水保険制度を設けているのですから、日本も国として、今後頻発すると思われる異常気象災害に備えた保険金制度のようなものを整備する必要があるかもしれません。

繰り返しになりますが、温暖化を食い止める努力は最大限に行うべきです。しかし、それとあわせて、どんな時代になっても生きていける、そんな暮らしや社会を今のうちから考え準備することも必要です。「備えあれば憂い少なし」です。