2006年10月号会報 巻頭言「風」より

憲法に環境原則を!の今

加藤 三郎


当会が憲法に環境条項を取り入れるべきことを検討し始めて3年余が経ちました。04年7月には憲法部会を立ち上げ、現行憲法では全く触れられていない環境など、社会の持続性について、書き込んでもらうとすればどのような文案にすべきかを検討し、その結果として、昨年1月、第一次提案として取りまとめ公表しました。

その後、国会議員も含めて議論を進める中で、この提案に微修正を加え、昨年10月末には第三次提案として発表しております。ポイントは、前文に環境保全の必要性などを書き込むこと、また本文の中に4条からなる環境原則を盛り込むこと、そして、「公共の福祉」の中身を明確にすることの3点でした。さらに私たちの主張を幅広く知ってもらうために、本年1月、愛知和男先生らと共に「憲法に環境条項を入れよう!国会議員と市民の会」を当会会員以外の方にも呼びかけて立ち上げ、国会内の会議室で、何人もの有力議員にもお集まりいただいて、この会を発足させました。

憲法部会そのものはわずか10人程度の少人数ですが、地味な活動が少しずつ奏功してか、憲法が改正されるとすれば、その中には環境条項が不可欠だという認識が広がったように思われます。主要政党の憲法改正に向けての動きや、取りまとめられた文書などにそのことが明確に出ています。

まず、自由民主党ですが、安倍晋三総裁は、憲法改正について積極的な発言をしていますが、今のところ、環境についてどのようなお考えなのか、わかりません。しかし、同党の結党50周年を記念して、昨年10月末に取りまとめられた「新憲法草案」によりますと、改定すべき前文と、条文の中に環境について、次のように触れられています。すなわち、前文改定案の末尾で、「日本国民は、自然との共生を信条に、自国のみならずかけがえのない地球の環境を守るため、力を尽くす。」とあります。また、条文の中では、現行の第25条に追加して「国は、国民が良好な環境の恵沢を享受することができるようにその保全に努めなければならない。」と書き込まれています。このように自由民主党の新憲法草案を見る限り、前文においても本文においても環境についてそれなりの条文が提案されています。

一方、民主党もほぼ時を同じくした10月末、憲法調査会から「憲法提言」を公表しています。同党は「未来志向の憲法を構想する」観点から、5つの基本目標を掲げていますが、その中で普遍的な人権保障を確立し、併せて、環境権、知る権利、生命倫理などの「新しい権利」を確立することと、日本から世界に対するメッセージとしての「環境国家」への道を示すとともに、「平和創造国家」日本を再構築するとしています。

さらに同党の提言は、環境保全のような社会的広がりを持つ切実な課題については、「国、地方公共団体、企業その他の中間団体、および家族・コミュニティや個人の協力がなければ達成し得ないもの。われわれは、これらの課題に挑戦するものとして、国民の義務という概念に代えて、「共同の責務」という考え方を提示したい」と述べて、具体的には①憲法において「地球環境」保全及び「環境優先」の思想について言及することが望ましい。②自然環境の維持・向上は個人の権利としては馴染みがたく、かつ個人や行政の義務だけでも果たし得ない。国・企業その他の中間団体並びに家族やコミュニティ及び国民の「責務」を同時に明確にする。③世代間の負担の公平を確保し、優れた自然や環境を将来世代へ引き継ぐことの責務を明らかにして、「未来への責任」を果たしていくことを明確にする。④公共のための財産権の制約を明確にする。⑤「公共の福祉」概念が曖昧であるので、それを再定義する必要がある、と述べています。

公明党は最近「運動方針案」をまとめ、その中で「加憲」の方向性は、①国民主権をより明確化する。②新たな人権条項を加えて人権を確立する。③平和主義の下で国際貢献を進める。④環境を重視する。⑤地方分権を確立する、の5つの視点に沿って進めるとしています。ここでも環境重視が明確に位置づけられていますが、その中身は『かけがえのない緑の地球を守ることは、21世紀の国際社会にとって最重要の課題。将来の世代に対する現在の世代の責務。今こそ、わが国は「地球益」「人類益」の立場から「持続可能な開発」の達成にリーダーシップを発揮するとともに、人間と自然との共生の視点に立った「環境立国」を目指すべき。そのためにも、人間が健康で快適な生活を維持する条件として、自然環境を含む良好な環境を享受する権利を確立するとともに国家・国民の環境保護に努める責務を定める必要がある。』となっています。

一方、憲法改正に必要な手続き法である、国民投票法案の行方も気になるところです。主要三党いずれもこの法律の制定そのものには熱意を示し、合意が近いかと思われた時期もありましたが、今のところ、妥協に至っておりません。すなわち国民投票法案の対象を憲法改正に限るのか、一般的な国政案件も対象とするかどうか、投票権の年齢を18歳まで引き下げるかどうか、過半数の定義をどうするかなど、難しい対立点が出てきています。ただ私たちにとって大事なことは、憲法改正文案の一括投票ではなく、内容にまとまりのある項目ごとの個別投票にすることであり、今後は、この「まとまりのある項目」として「環境」が明確に規定されるよう、働きかけつづけることだと思っています。

私個人としては約10年、また本会としては3年余に及ぶ熱く継続した努力がそれなりの手応えを示しつつあるのはうれしいことです。しかしここで手を抜くことなく、さらに頑張る一環として、来月の11月18日(土)に法学者の淡路剛久さんらをお招きして、憲法に環境条項が盛り込まれる場合と、そうでない場合と比べ、私たちの生活や企業活動は法的にはどんな変化が生じうるのか、一緒に検討する会を開催します。「憲法は難しくてわからない」などと言わず、どうぞご参加下さい。