2007年1月号会報 巻頭言「風」より

成せばなる温暖化対策

加藤 三郎


本誌がお手元に届く頃には、1月も半ばになっているでしょうが、改めて新年のご挨拶を申し上げます。今年もどうぞよろしくお願い致します。

さて、昨06年を振り返ってみても、やはり地球温暖化とそれによると思われる大規模な異常気象が世界中で頻発するなど、温暖化に絡まる諸問題が大きな懸念事項でありました。

地球温暖化については、日本の政府も自治体も手をこまねいていたわけではなく、1990年以来、様々なことをやってきています。90年に温暖化防止行動計画を法律もなにもない段階で、世界に先駆けてつくり、97年には、京都で地球温暖化対策のための国連会議をホストし、京都議定書をつくり出す大きな力となりました。またその議定書が難航の末に05年2月に発効するには、日本もそれなりに努力し、同議定書が発効すると、政府はすぐに目標達成計画なるものを策定し、達成に向けて活動を強化してはいます。

先進国の中でも、アメリカやカナダ、オーストラリアのように、温室効果ガス排出が大幅に増えている国に比べれば、日本はそれでも抑制している部類になります。私の見るところ、政府がこれまで講じてきた手段の中で、曲がりなりにも排出抑制に効いたものは、省エネ法の改正により、トップランナー制度を拡充し、建物や自動車にも拡大したこと、また現時点ではまだ弱いものでありますが、電力事業者の再生可能エネルギー利用を義務づけたRPS法は、風力、ソーラー、バイオマスなどの自然エネルギーの増加につながっています。さらに自動車税制のグリーン化が、ハイブリッド車などの普及の背中を押したこと、また補助金を長い間出し続けて、太陽光発電を支援したことも、日本の省エネ化に効いたと思います。もう少し例を挙げると、企業における代替フロンの3ガス(HFC、PFC、SF6)対策も、またエコ・タウン、バイオマス・タウンづくりといった施策も一定の効果があると思われます。

しかし、これらの努力にも拘わらず、CO2などの排出量は、削減どころか8%程度も上昇している現状を見るとこれまでやってきた対策では足りないのは明白です。温暖化対策へのこれまでの取り組みは、30年前の産業公害対策や、ここ十数年の廃棄物・リサイクルへの市民までも幅広く巻き込んだ真剣な取り組みなどと比べますと、まだ本腰が据わっていません(次図・参照)。

それでは、何をすべきか。第一はやはり、CO2など温室効果ガスの排出量の規制を導入すべきです。前号にてカリフォルニア州でも規制が導入されたことは述べました。日本でかつて産業公害が猛烈を極めた時、大気汚染防止法等による様々な規制を駆使してその乗り切りに務めました。その時の経験を想い起こせば、固定発生源や稼動発生源からのCO2に対しても、大気汚染防止法による規制を早急に検討すべきです。省エネ法による車への規制強化案が検討されているようですが、発電所、製鉄所などの主要な固定発生源、さらには、船舶、航空機などの排出源に対しても排出規制は不可欠です。特に発電所からの排出については、RPS法との連携も必要だと思います。

第二は、温暖化対策税を導入することです。一口で言えばアメとムチということになりますが、規制がムチだとすればアメもまた必要です。つまり温暖化対策をしっかりやっている製品や生産・消費のやり方に対しては、税制上優遇し、温暖化対策に反するような製品や生産工程、あるいはサービスの提供に対しては税でペナルティをかける手法を使うべきです。前回紹介したカリフォルニア州での25%規制でも、経済的手法の導入とセットにしています。

道路特定財源の見直し問題に関しては、昨年暮れ、政府と与党の間で激しい議論がありましたが、道路のための財源は、道路を作るだけでなく、自動車交通に伴う環境上、社会上の被害を少なくするためにも使うべきです。そういう観点から見ても、道路特定財源を少なくとも自動車に関わる温暖化対策に使うのは合理的だと思います。

カリフォルニアでも、ヨーロッパでも同じですが、国内対策として、費用の安い施設で対策を講ずるのが合理的であり、排出量の取引は早急に導入すべきです。日本経団連が排出量取引にも税の導入にも「断固反対」しているのは、あまりにも近視眼的で、日本企業ひいては経済の長期的な発展の観点からは、不合理な選択だと思われます。

第三に、その税収は温暖化対策にプラスになる製品、サービス、生産プロセスに還元すべきです。分かり易い例で言えば、ハイブリット車や省エネに貢献する電気・電子機器などそういったものにお金を回すべきですし、また日本の荒廃しつつある森林の管理・育成にも、お金を回すべきです。 さらに、日本では、木質バイオマスや風力の開発などいわゆる自然エネルギーの開発に制度上の支援がありませんが、これも欧米での様々な経験に照らして、温暖化対策税収をこちらの方にも回すべきです。

第四に、車にかかわる料金体系を見直すべきです。つまり、有料道路を走る車のうち、ハイブリットカーなどの低燃費車は無料にする。また公的機関が管理している駐車場でも低燃費車は無料にするといった施策を5-10年くらいの一定期間実施すべきです。その反面、燃費の悪い車に対しては道路料金を値上げすべきです。そういうメリハリをつけた料金体系をとることによって明確に日本の車社会を脱公害、そして脱温暖化社会に向けるメッセージをユーザーにもメーカーにも出すべきです。

第五は、温暖化問題についての国民の理解増進のためのキャンペーンです。クールビズやウォームビズもそれなりに効果はあったと思います。私などは大いにそれにあやかっている人間の一人です。しかしながら、こういったキャンペーンが広告代理店や一部のファッション関係者にお金が回るだけでなく、地球温暖化の科学を含む情報の共有など、NGOや市民団体の広報活動をもっともっと積極的に支援すべきです。

私が聞くところによると、今日においても日本の経済界のなかには、地球温暖化の存在そのものを疑い、あるいはCO2など温室効果ガスの排出増加による人為起源説を拒否する人が、有力なところにもいるということです。工学部系の先生でもCO2などの温室効果ガスが主な原因であることを否定する人もいると聞き驚いております。これなどは温暖化の科学に真正面から取り組まず、自分に都合のいい説だけを振りまいているように思われてなりません。世界の第一級の学者が数十年の時間をかけ、様々な検証を経てたどり着いた結論に疑いがあれば、学会活動などを通して真正面から議論をし、疑問をツブしていくのが王道です。そのような真っ当な状況をつくり出すのには科学者だけでは足りず、NGOが果たす役割は大きいと思います。

いろいろと述べましたが、私の提案はすべて、日本の社会、なかんずく、企業が潜在的に有する力をさらに高め、日本の技術力の底上げと社会の真の向上を願っての提案であることはご理解いただけると思います。私の確信を支えているものは、70年代のあの深刻な産業公害との戦いから得た貴重な教訓です。いつの時代でも、企業も人も「規制」や「税」を嫌いますが、それが適切に実施されれば、技術力を高め、新しい地平を切りひらくことは可能です。70年代の自動車排ガス規制が、世界に冠たる今日のトヨタやホンダの技術力を磨き、NOX規制が、日本が誇る省エネ体質を作るのに大きく貢献したことは明らかです。私は当時、この行政に直接、間接かかわっておりましたが、いずれの場合も産業界からは強い反発を受けました。三木武夫さんのような立派な政治家の強いリーダーシップと行政官の責任感が、判断を誤らせなかったことを思い起こしています。

温暖化問題は、70年代の産業公害よりも広範囲に人類社会全体に及ぶ大問題です。より大きな政治的リーダーシップが必要です。昨年10月にイギリス政府から発表された温暖化の経済的影響などに関する報告書(いわゆる「スターン・レポート」)を見るまでもなく、早く対策を取ればとるほど対策費用が少なくてすむのは明らかです。

前回本欄で、カリフォルニアの動きは伝えましたが、中間選挙後のアメリカ議会でも、温暖化対策を大きく取り上げるようになる見込みです。08年の大統領選においては、温暖化対策は大きな争点の一つになるに違いないと私は見ています。適切な対策を思い切って早く取る。そうすれば、被害と対策コストは膨大にならなくて済むだけでなく、結局、日本の経済と生活の質を高め、産業や個別企業の国際競争力を高め、その優れた環境力でもって国際社会に大きく貢献できるということを今一度申し上げておきます。春には最新のデータを盛り込んだ国連の科学レポートが出る予定です。今年も温暖化問題に注視して参ります。