2007年9月号会報 巻頭言「風」より

猛暑の夏に原子力発電を考える

藤村 コノヱ


今年の夏は本当に暑い日が続きました。気象庁の8月27日のまとめによると、8月の平均気温の最高は大阪市の30.1度。全国的にも岐阜県多治見市、埼玉県熊谷市・越谷市、群馬県館林市などでは、40度を超す日もありました(多治見市と熊谷市で8月16日に観測した40.9℃は観測史上最高)。暑い日が続くことは温暖化を意識してもらう意味では効果的ですが、だからといって、打ち水、水風呂、クールビスといっても効果は長続きするわけではなく、熱中症になるよりはと、ついクーラーを使ってしまい、結果的にまたエネルギーを使い温暖化を促進してしまうという悪循環の繰り返し。政府が取るべき対策を取らぬままに国民にだけ「1人1日1kg」CO2削減運動を求めても、空しく聞こえます。

その一方7月16日に発生した新潟県中越沖地震による柏崎原発停止で、特に首都圏の電力供給は「綱渡り」状況が続き、これをきっかけに原発の賛否の議論も一部では盛んです。

原発の賛否については様々な意見がありますが、代表的なものとして、推進派の意見としては、①二酸化炭素をほとんど出さず地球温暖化防止に貢献できる、②安定した国から燃料を購入するためエネルギーの安定供給が可能である、③地元の雇用など地域振興に繋がる、④他のエネルギー源に比べて経済的である、など。一方反対派の意見としては、①核廃棄物の処理問題など解決されていない問題が多い、②運転事故やテロなどによる放射能汚染などが怖い、③核廃棄物の処理や廃炉処理など目に見えないコストがかかり経済的とはいえない、④情報公開が遅れ、国民的な議論がないままに推進されている、などがあります。

このうち、特に今回の地震とそれに伴う事故から見えてきたことは、地震国日本で安定供給を理由に原発を推進するにはかなり無理があるのではないかということ、原発が止まれば石炭火力などで電力を補うためCO2を余分に排出し温暖化を加速する要因になること、そして原発に大きく頼っていたのでは電力会社が使命として掲げる安定供給は時として中断されるため、太陽光・風力・バイオなど再生可能エネルギーも含め、多様な電源を確保してこそ使命が達成されるのではないかということです。

こうした意見に対して、また反論もあると思うのですが、私自身今回の経験をきっかけに、「賛成、反対」という議論より、国民も巻き込むもっと本質的な議論が高まればいいと思っています。すなわち、私たちはどのような社会で生き、どのような生活を選択するのか、将来世代にもわたるリスクを負っても科学技術に大きく頼る快適・便利な生活を選択するのか、はたまた可能な限りリスクを減らしローテクでもこころ豊かな生活を選択するのか、あるいはその組み合わせを選択するのか、ということです。

現在エネルギー基本計画に関しては、総合資源エネルギー調査会という諮問機関で議論され閣議決定されるため、議会民主制の立場からは国民の意見が形式的には反映された形になっています。しかし事実上、諮問委員会委員は経済産業大臣が任命しますし、閣議決定の場で原発の是非を巡る喧々諤々の議論があるとは思えず、国民の意見がエネルギー施策に直接反映されているとは到底思えないのが実情です。その一例として、国のエネルギー需給見通しは、人口が減少している現在においても、常に右肩上がりに想定されていますが、それは誰がそう決めたのか?国民の一人として、そんな議論に参加した経験は一度もありません。

環境先進国スウェーデンでは原発の扱いに関する国民投票が行なわれ、それにより国のエネルギー政策が決定されたことは有名です。日本でもまれに特定地域で住民投票が行われたことはありますが、法的効力がないため国の政策に反映されることはほとんどありませんし、多くの国民も「地元の問題だから」と無関心な人が多いのも事実です。結局、エネルギーは私たちの暮らしや社会の根幹に関わる問題であるにもかかわらず、現状では国民的議論がないままに進んでいるわけです。しかし、ますます温暖化する社会の中で、私たちの暮らしや社会をどうするのか、そのためのエネルギー・特に電力をどう確保するのか、その中で原発をどう位置づけるのか、といった本質的な議論をもっともっとしなければいけない時期にきているのではないでしょうか。とはいえ、エネルギー問題や原発は技術的で専門的な内容が多く、一般市民には理解しがたいことも事実ですし、学校教育においても、充分なエネルギー教育は浸透していないのが現状です。そうした状況で市民を巻き込んだ議論は困難だ、だから専門家に任せろという意見もありますが、それではいつまでたっても健全なエネルギー政策は実現しません。不充分でも国民的議論をはじめる、あわせて、人任せではなく、自ら考え意見を述べ、行動する人材を増やすために、学校教育や社会教育の場でエネルギーに関する教育・学習をもっと推進する必要があると思います。

原子力の賛否に関して、環境文明21事務局としては、まずはエネルギー消費量を全体的に削減し、その上で現在ある原発を安全に運用しながら、将来的には再生可能エネルギーも含め持続的な電源へと移行していくことが望ましいと考えています。

また当会の設立以来、電力関係の企業も会員企業として、私たちの活動をサポートしてくださっていますが、私たちNPOの役割は、社会や暮らしの根幹に関わるエネルギー問題について、個々の利害とは別に、持続可能な社会を作るという視点から、もっとオープンな議論の場を提供するとともに、市民社会の一員として真摯に意見を述べていくことが重要と考えています。以前欧州の遺伝子関連企業を訪問した時、「私たちの企業にとって最も厳しい意見を言ってくれるNGOこそ、大切なパートナーだと考えている」という話や、実際遺伝子組み換えに反対する市民との会合の仲介をそのNGOに任せたという話も聞きました。その話し合いそのものは結局物別れに終わったそうですが、そうした場で議論することが社会的信頼を醸成する場であり、持続可能な企業へと進化する機会になっているということでした。

公正な情報提供はとても大切ですが、それだけでなく、本質的な議論ができる相手と継続的に議論してこそ本当の情報公開になるのだということを、是非日本の企業の方にも気付いて欲しいと願っています。

いずれにしろ、今夏の猛暑と電力不足を、温暖化社会の危機を実感するいい機会としてとらえ、これからの厳しい社会を生き抜く智恵を社会全体で絞っていくきっかけにしたいものです。

なお、当会では、「原子力発電に賛成?反対?」を含めeラーニングによるディベートコンテンツをNECと一緒に開発販売しています(デモ版をHPで見ることができます)。こうしたものも活用して原子力発電のメリット・デメリットを学び、学校や職場でエネルギー問題について話しあってみることをお勧めします。