2007年10月号会報 巻頭言「風」より

京都議定書から10年ー希望ありとすれば三つ

加藤 三郎


急所を欠いた国の温暖化対策

ハイリゲンダム・サミットにおいて、温室効果ガスを2050年までに半減、という提案をした安倍首相が突然退場してしまった今、来年7月の洞爺湖サミットに向けて、一体、日本はどうしようとしているのでしょうか。

京都議定書から間もなく10年にもなろうというのに、日本では、周辺対策はあっても温暖化に本格的に切り込んでいく対策は、未だ出ていません。温室効果ガスの大幅な削減をするためには、排出権取引や環境税による経済的インセンティブが、誰が考えても必要ですし、そしてまた、排出量取引に乗らない中小の、あるいは移動発生源に対する規制措置を考えると、大気汚染防止法の手法による規制が必要であると思われるのに、経産省や経団連などの断固反対によって、実質的に対策として取り上げられていません。

一方、参議院選挙におけるマニフェストなどを見ますと、民主党などでは、温暖化対策税や排出権取引などが盛り込まれていますが、今までのところ、EU諸国や米国議会の様な白熱した議論はありません。

日本の環境対策は、かつては、世界も注目するほどの踏み込んだ対策を取った実績があります。産業公害時代のSOx・NOxの総量規制、自動車排ガスに対する世界最先端の規制、瀬戸内や湖沼での汚染対策、さらに90年代以降の廃棄物に対する厳しい対策、これらはいずれも世界が注目するほどの成果を上げていますが、こと温暖化に関する限り、まるで違った風景となっているのは、不思議なほどです。

変わらないもの二つ

日本では、政策面で足踏みを続けている中にあって、温暖化の急速な進行と国民レベルの政策上の無関心は、この10年変らなく続いています。

まず、温暖化の急速な進行については、世界の各地で異常気象現象や、生態系の異変が次々と報告されています。北極海での氷の消失などは、科学者が予測したよりも、30年以上も前倒しで進んでいるようです。また、生態系でも様々な変化が生じています。サンゴの白化現象や動植物の絶滅などは深刻になっています。異常な高温、干ばつ、豪雨・洪水が世界到る所で起こっています。

一方、温暖化問題について日本の国民レベルでの政策上の無関心は、寒気がするほどです。私は、長いこと読売新聞社が実施している「全国世論調査」の結果を注視して参りました。この調査はその時々で、若干の変化がありますが、基本的にはほぼ同じ項目に対して、国民が時の政府に取り組んでほしい優先順位を尋ねているからです。特に本年2月の世論調査の結果に注目しました。と申しますのも、もうこの時点では、IPCC科学グループの結果が、すべての報道機関によって大々的に報道されていたからです。この報道に接した国民は、環境問題にどのような優先順位を与えるかに注目したのですが、結果は、相変わらず、年金・医療など社会保障制度改革、景気回復・雇用対策、子育て支援など少子化対策、北朝鮮問題、税制改革、消費税問題といったものが続き、環境対策は、やっと11位に登場しておりました。

IPCCのレポートが出たからといって、国民の政策上の関心がすぐに変わるわけではないでしょうが、5月の調査においても、環境問題は、極めて低いプライオリティ。この傾向は、IPCC報告から半年以上経ち、猛暑や大洪水被害を経た9月に実施された同調査においても、全く変わっておりません。年金・医療、景気・雇用など、お馴染みの項目がずらっと並び、環境対策は、やっと10位。つまり、多くの国民にとっては、年金不安はあれど、環境上の不安は無しと言わんばかりの結果です。こういう状況で政府に痛みを伴う対策を取れと言ってもとりにくいでしょうし、国民の政策上のプライオリティのこのような低さを見れば、経団連などが安心して、断固反対を繰り返すことが出来る基盤があるように思えます。

希望ありとすれば三つ

このような中で、来年の洞爺湖サミットで、日本の首相は何を語り、会議をどうリード出来るのでしょうか。どういう政策を日本自身は取ろうとしているのかを問われたら、今のままでは答えようがないと思います。この状況下で日本の温暖化対策に希望があるとすれば、私には次の三つが考えられます。

一つは、せっかく野党が温暖化対策税などの提案をしているのですから、この提案をめぐって国会で正々堂々議論すべきです。私は1970年の公害国会を経験した立場から、このような大きな選択は国会で議論すべきと考えます。今まで10年以上、各省毎に設置された審議会においていくら議論しても、答えが出なかったのですから、同じようなことをつづけても埒があきません。やはり、どのような制度を創るか、国会が少なくとも大筋を決める。その細部を設計するのは官僚や審議会に任せていいと思いますが、そもそも環境税を入れるべきか、入れざるべきかなどということを審議会などで議論していても始まりません。日本の国民生活だけでなく、産業政策、エネルギー構造、都市構造、農林水産、交通体系、さらに税・規制、教育などの大枠を決めるのは、国会しかありません。そのような国会の動きを刺激するためにも、地方公共団体が頑張るべきだと思います。

二つ目は、日本の中で数は少なくとも、温暖化対策に頑張りはじめた自治体も出てきています(本号の特集記事参照)。今年6月、東京都は温暖化対策の基本方針を定めましたが、その中で「実効性のある具体的な対策を示せない国に代わって、東京都が先駆的な施策を提起」して、今の国では取り得ない施策を条例化しようとしています。東京都だけでなく、他の多くの自治体がそれぞれ条例などによって対策を取る。かつての公害問題の時代、地方が先駆的な対策を取ったことによって、国の法律の中に上乗せ、横出しといった、当時の法律専門家の常識では考えられなかった新しい手法を法制化することに成功した事例に倣うべきです。

三つ目は、先見性や戦略性を有する企業やNPOの踏ん張りだと思います。なかでも私たちNPOは日本の未来や、日本の経済力の真の発展のために、そして何よりも子供たちのために必要だと思うことを自由に主張し、企業や、政策当局者、政治家などにアプローチすることができます。これら環境力ある企業やNPOの頑張りこそ、日本が混迷から抜け出し、科学が示す真実に国民が早く気付き、地球温暖化時代をたくましく生き抜く力を生み出すと考えています。