2008年3月号会報 巻頭言「風」より

「食」はいのち

藤村 コノヱ


昨年の国内での食品偽造問題に引き続き、中国産の冷凍ギョーザ、肉まんなどから農薬が検出され、大きな社会問題になっています。以前にも、農薬関係では、環境ホルモン、ポストハーベスト(収穫後の農薬使用)が問題になりましたが、今回は被害が全国に広がり、しかも中国との複雑な国際関係も絡み、より深刻な問題になっています。

冷凍食品は、安価で手軽ということで、昭和40年代後半から生産量、消費量ともに右肩上がりに増え、昨年の日本人一人当たりの年間消費量は21.1㎏にも及ぶそうです。また2月10日付日経新聞によると、2006年に輸入された調理済み冷凍食品は約31万5500トンで5年前の2倍に増加。冷凍野菜と合わせると、冷凍食品の海外依存度は42%にもなり、その64%が中国、28%がタイ(日本冷凍食品協会)からの輸入です。増える国内での消費を賄うために、人件費の安い海外に生産拠点を移し大量生産するのは、工業製品と同じ構造です。

こうした食の安全性とあわせて、最近問題になっているのが食の安定供給です。石油価格高騰と温暖化対応の視点から、アメリカでバイオエタノールの量産が続き、しかもそれに投機筋が絡んだことで、トウモロコシやダイズ、飼料用穀物価格が急騰。その結果、私たちの生活に直結するパン、豆腐、牛乳などの値上がりが続いています。また、海外に飼料の多くを依存してきた国内の畜産農家では、この2年で飼料代が4割高騰したために経営危機に陥り、存続すら危ぶまれる状況にあるそうです。私たち消費者だけでなく、生産者にもこの問題は重くのしかかっているわけです。

しかしもっと深刻なのが、ただでさえ食糧危機にあるアフリカなどでも、穀物価格が高騰し、日々の食べ物さえ得ることのできない人々が増加していることです。富める者はなお一層富み、いつも最初に被害を受けるのは最も貧しい人々であるという、市場経済の負の方程式がここでも顕著にみられるわけで、こうした問題に接するたびに、公平な分配こそが使命であるはずの政治家の不甲斐なさと、生命の基盤である主食穀物までも外国主導の市場経済に委ねていいのかという疑問がわいてきます。

こうした問題について、環境文明21でも以前から関心を持ち続け、平成13年には「食卓から考える環境倫理~日本の食卓を取り戻そう」というタイトルで環文ブックレット4を出版しました。そして、①洋食から和食へ、②食材は輸入ものはできるだけさけ、近くで取れたものを選ぼう、③男性も積極的に家事その他の家庭での活動に参加しよう、④働きすぎで残業の多い今の働き方を変えよう、⑤「食」に関する教育を実施しよう、⑥国内の食料生産基盤を保護することは国家の権利であり、そのことを国際交渉の場でも主張しよう、⑦加工食品原料の現地表示を制度化しよう、⑧新規就農者支援の制度を確立しよう、といった提言をまとめました。

その後、この議論はグリーン経済部会にも引き継がれ、17年に取りまとめた「グリーン経済10の提言」の中でも、「食べる」ことからの提言として、①日本の生きる基盤を確保するために、食料自給率を大幅に高めよう、②地産地消を進めて、日本の気候風土に合った食生活をしよう、③農業の価値を再認識し、若者が安心して農業に就職できる仕組みをつくろう、といった提案をしています。

昨年から続く食の問題で、世間でもやっと自給率向上の大切さが語られるようになりましたが、こうした出来事に関わらず、食の安全性、安全保障、そして何より食が生命の基盤であることを考えれば、行き着くところ、国内の自給率をできる限り上げ、家庭では「昔の食卓」を取り戻す以外に解決策はないように思います。加えて、今後ますます深刻化する温暖化の影響を考えれば、「自分(国)で食べるものは自分(国)で確保する」くらいの覚悟をもたなければなりません。

とはいえ、自給率をどう上げていくかはなかなか難しい問題です。それでも私たちが最初に提案を出した7年前に比べれば、いくつかの挑戦が始まり広がりつつあります。

例えば、食育については、国民一人一人の「食」意識の向上、自然の恩恵や「食」に関わる人々への感謝の念、「食」に関する情報の見方と判断力を身につけさせることを目的に、平成17年に食育基本法が成立しました。

また、最近は生産者を表示した米や野菜もスーパーなどで多く見られるようになりました。加工食品原料の現地表示の制度化はまだですが、今回の事件以降、生産地をみて買い物をする消費者が増えたそうで、これが制度化を促すことに繋がるのではないかと期待しています。

さらに、地産地消や無農薬野菜の販売も広がりつつあります。こうした食材は多少高いのですが、生産者の苦労を思えば当然ですし、安全、自給率アップ、そして輸送エネルギーが少なくてすむという温暖化の観点からもさらに進めたいことです。それに値段が高ければ「もったいない」精神が働いて無駄にすることも無く、残飯にすることも少なくなります。

一方、身近なところでも、ささやかですが、自給率アップのための活動があります。

例えば、環境文明21では、長野県長谷に、会員さんの休耕田をお借りして米を栽培しています。といっても、私たちは田植えと稲刈りをするだけで、日頃は中村さんという会員さんのお父さんが手入れをしてくれています。そして収穫の時期になると、「エコツアー」として会員さんにも呼びかけて稲刈りをし、とれたお米は販売し、その売上で、翌年の苗の購入や管理費に充てるようにしています。「中村さんのところには年に2、3度東京から人が来る」と地元では結構有名なのだそうですが、例えば、企業の社会貢献などで私たちと同じような活動が各地で増えれば、休耕田が耕作地として生き返るだけでなく、都会と農村の顔の見える関係も生まれます。

また、東京在住の会員Uさんは、トマトの収穫時期になると、毎年必ず信州にある農家に4~5泊泊り込み、ボランティアをしています。結構大変な労働だそうですが、ご本人は、3食、宿付き、お土産付きのこの期間限定ボランティアが楽しくてたまらないご様子。農家の方も当てにして待っているのだとか。こんなボランティアも、農家の人手不足解消に少しは役立つかもしれません。

勿論自給率を大幅に上げるには(環境文明21では70%まであげることを提案)、かつて工業化を進めるために都市への集中を進めたように、国策として農業振興を図るなど、根本的な政策の転換が不可欠です。しかしその前に、私たち一人ひとりが、食べ物は命であり、自然の恵みを受けて育つもので、工業製品と根本的に違うこと、そんな当たり前のことを思い起こし、できることからやってみる、そしてこうしたことを考えずに育ってきた若者や子供たちに伝えていくことも大切だと思うのです。