2008年6月号会報 巻頭言「風」より

食料危機と日本農業の再生

加藤 三郎


藤村コノヱさんの「食はいのち(本年3月号)」にあるように、環境文明21は、かなり早い段階から食や農について調査や提言活動をしている。私個人は、昭和14年晩秋に生まれ、幼少期に戦時中や戦後の食料不足の貧しい食生活を経験した。その過程で母親に連れられて近郊農家を訪ねまわって、着物と食べ物を交換した痛切な体験をしているので、「食」がいかに重要であるかを幼い身体に刻んでいる。

飽食日本の自給率が39%しかなくとも、多くの人はさほど危機感を持たないどころか、食べ物を沢山ムダにするような生活をしてこれたのも、金さえ出せば外国からいくらでも買えることを前提としていたに違いない。

しかしながら、今年に入ってアジアでもアフリカでも南米でも、食糧危機が深刻化した。中国で米の値段が上がり、香港のスーパーでパニック買い騒ぎがあったのは今年の春のこと。フィリピンの米の主な輸入先であるベトナムで、異常気象の不作のため国内の需要を賄うにも事欠くようになり、輸出を制限したため、フィリピンで米の値段が突然上昇。今も米騒動が収まらず、アロヨ政権を揺るがす事態になっている。インドやハイチでも大規模な米騒動があり、遂に流血事件に発展。エジプトでも、小麦の値段が上がってやはり大きな騒動になっているという。

このように、食糧危機が世界の各地で現実化して初めて、金さえ出せばいつでも、どこからでも食糧が手に入ると高を括っていた日本の危うさがあぶり出されてきた。

世界的な食糧危機の基本的な原因は、まずは人口膨張である。現在67億人で、毎年7~8千万人増えている。その上に数の上で増えた中産階級の食生活が変化し、肉や乳製品などの多食により飼料穀物の需要が増えた。一方、都市化・工業化により耕地面積は減少。国連食糧農業機関(FAO)によると世界の人口増加を賄うには、食糧生産を毎年1.2%は増加しなければならないが、農地は逆に毎年0.8%減少し、最近10年の食糧増産は、年平均で0.4%程度に留まっているという。穀物の備蓄量は30%程度は必要なのに、今は15%に下がってしまい、食糧価格は上昇し、貧しい地域や人々から食が奪われれば、暴動・紛争も起ころう。

このほか、干ばつ、洪水、高温、冷害などが世界の食糧生産基盤を不安定化させている。典型的な事例としては、豪州の干ばつが小麦の生産を減らし、その余波を受けて、讃岐うどんの値が上がるといった珍事も現実に起こっている。

さらに、食糧や飼料となるトウモロコシを燃料のエタノールに変える動きがアメリカで最近強まっている。これもまた、食糧危機の一原因だ。

このような世界的な需給逼迫に加えて、異常気象や災害、あるいはバイオ燃料政策などを受けて食糧が不足したり価格が急騰すれば、食糧生産国においても国内消費者優先となり、輸出を規制する動きが出てくるのも自然の成り行きだ。まさに危うし、日本の食卓だ。

一方、このような食糧危機は、日本農業にとって再生のきっかけになるだろうし、またそうしなければなるまい。今までは国際価格との競争力がないために、小麦や大豆はもとより、肉、飼料、野菜、はては冷凍ギョーザまで輸入してきたが、今後、事情によっては食糧輸入がストップする事態を想定すると、日本農業に再び出番がまわる可能性がやっと出てきた。

しかし、このような外的条件の変化が日本農業の再生に即繋がるかというと、必ずしもそうではない。まず、農業を担う人材の高齢化と後継者不足は極めて深刻。また、農地自体がピーク時の8割程度へ減少している上に、減反や耕作放棄が至る所にある。従って、再生のためには、まず、やる気のある若手の人材をいかにして確保するか、そして農地をこれ以上失わないようにしていくかは、日本農業再建のための大前提だ。

その上で、農家が元気で生きていくためには、多角的な農業経営ができるように、企業家感覚を持った農業人をもっと増やしていく必要がある。すでに、民宿や観光農園、あるいは学校や企業の研修の場として農家・農村が使われている事例は沢山あるが、これを意識的に広げていく必要がある。さらに国土面積の7割近くを占める森林も活用して人々が生計を営めるような基盤づくりも温暖化対策の面からも必要だ。

もうひとつの重要な課題は、水の問題だ。東大の沖大幹教授や国立環境研究所により、輸入食物に付随している水(仮想水)についての分析が進んできた。例えば、牛肉1キログラムを生産するのに必要な水の量は牧草地の維持から計ると20トン、豚肉1キロは6トン。大豆は2.5トン、小麦は2トンの水が必要であるという。輸入食糧をもし日本で生産すれば、現在の農業用水よりも1割も多い水が追加的に必要であるとのこと。ところが、日本は現状でも決して水は潤沢ではない。ダムも、灌漑のための水利施設も今後増大する水需要を満たすには不十分。別の言い方をすれば、食糧の6割を海外に依存していたから今程度の水資源、水利施設で良かったが、自給率を10%でも20%でも上げようと思えば、農地の生産性を高めるためにも、各種の水資源設備を増強せねばならない。

食糧が世界的に不足し価格が高騰していけば、日本の中で食を増産することになるが、それは日本農業に新たなチャンスをもたらし、農業を取巻く仕組みを変えれば、再生する力を与えてくれるに違いない。