2009年8月号会報 巻頭言「風」より

新政権に期待するもの

加藤 三郎


今回の総選挙は、未曽有の経済危機、その中でも極めて深刻な雇用・貧困問題、そして危険な様相を深めてきた気候変動問題などを前にして、これまで日本の政治を担ってきた政と官の責任とともに統治能力を本格的に問うものである。その結果は、私たちの暮らしや企業活動にも大きな変化(出来ることなら、良い変化)をもたらすだけに、最近の報道は各党のマニュフェストの中身とその実現可能性に焦点を当て、大きな紙面をさいている。世論調査によれば、国民もまた今回の選挙には、今まで以上に深い関心を寄せている。

当会の立法部会(かつての憲法部会と環境教育部会が発展したもの)は、今回の衆院選と新政権の発足を前にして、私たちが最も重視する環境政策の実施を要望するため、十数人の会員仲間と何回か検討を重ねた結果、下記に掲げる要請文を取りまとめ、早速、政治家、メディアなど各方面への働きかけを開始した。

要請の内容は、基本的にはこれまで私たちが主張してきたことの骨子をまとめたものであるが、あえてポイントを強調すれば、①従来の「政・官・財」を中心とする政策形成・決定プロセスの限界が明白になったことから、NPO活動の基盤を資金面から強化するとともに、政策形成・決定プロセスへの参加の制度化の確立、②あらゆる政策を環境と結び付けて再構築し、環境政策を新政権の中枢に位置付ける、ことである。

会員の皆さまにおかれても、この要請文の中身をご検討下さり、よろしければこれを地方議員を含む政治家はもとより、政治の刷新に関心を寄せる人たちにも見てもらい、一緒に日本の環境政策の革新のためにご尽力いただきたいと願っている。(なお、この要請文は別途印刷してあるので、必要な方は事務局までご連絡下さい。)


新政権に求める環境政策

NPO法人環境文明21 立法部会
(共同代表:加藤三郎 藤村コノヱ)

私たち環境文明21の立法部会は、これまでも日本国憲法に「環境原則」を導入することの提案と議員等への働きかけ、環境教育推進法の議員立法化とその後の改訂作業への諸提案、地球温暖化防止強化のための気候保護法提案(Make the Ruleキャンペーン)への協力など、政治的、経済的、そして社会的にも激動の中にある日本社会の持続性確保を目指して、活動を続けています。

衆議院総選挙後に樹立される新政権は、これまでの環境政策を抜本的に転換するため、下記の事項を組み込まれるよう、強く要請いたします。

  1. 基本的認識
    1. 地球温暖化の高まる脅威、経済不況と貧困、失業、格差拡大等の生活基盤の劣化、資源価格の乱高下など、どれを見ても従来の政策や政策手段の限界は顕著である。
    2. 化石燃料を社会経済の強力な駆動力とし、大量生産・大量消費を前提として、経済の「成長」と「効率」を追い求めてきた従来の文明から、私たちの生きる基盤である環境を主軸に据えた新しい  文明社会(私たちはそれを「環境文明社会」と呼ぶ)の開拓に向けて、主要な政策を抜本的に変える歴史的な転換期を迎えている。
    3. 温暖化対策だけに限ってみても、先に開催された先進国首脳会議(G-8)において、日本を含む先進国は、産業革命以前からの気温上昇を2℃以内に抑えること、そして2050年までにCO2など温室効果ガスの排出を80%以上削減することに合意した。今後40年程の間にこれほどの削減を達成するためには、エネルギー分野だけでなく、交通、都市、農村、住宅など広範な分野での構造転換が不可欠である。
    4. このような文明の転換を伴う社会の変革を政治の課題とするためには、従来の「政・官・財」を中心とする政策形成・決定プロセスでは限界があることは明らかであり、特に環境政策においては、長期的で専門的な視点と、地球市民としての視点、さらに生活者としての視点を有するNPOの実質的な参加による新たな公共性の創造が、不可欠となっている。そのためには、NPO活動の基盤を強化するとともに、政策形成・決定プロセスへの参加の制度化も必要である。
    5. 21世紀の厳しい国際状況下にあって、新しい環境文明社会をつくるためには、あらゆる政策を環境と結び付けて再構築し、「環境政策」を抜本的に革新するとともに、新政権の中枢に位置付けることが重要である。そのことが、日本が国際社会において果たすべき責務と貢献であると私たちは確信している。

  2. 大転換のための主要施策
    1. 憲法への「環境原則」の導入
      • 現行憲法では「環境」についての規定は全くない。しかし、地球温暖化などに代表される地球規模の環境問題の急速な悪化、生物の多様性の喪失、化学物質の量や質の変化など身の回りにある環境問題は、国民の今後の生存を脅かすレベルに至っている。
      • その重大性を考えれば、今こそ、「環境」という人間の生活や企業活動にとって最も重要な基本的事項を憲法に書き込む時期であり、今その努力を怠れば、次世代に大きな禍根を残すことになる。
      • このような状況を打開するため、
        1. 現行憲法の三原則とされる主権在民(国民主権)、戦争の放棄(平和主義)、基本的人権の尊重、と並び、社会の持続性が重要な課題となる今世紀においては、「環境」原則を第四の原則として憲法に規定する。
        2. 国の在り方や方向性を示す国家戦略の中に「環境」原則を明確に位置付けるため憲法の議論を国会で早急に開始するとともに、国民レベルでも早急に議論を開始する。(NPO環境文明21は、平成17年1月、具体的条文を提案しています)

    2. 政策形成・決定プロセス等へのNPOの参加保障等
      • 従来の政策が必ずしも実効を挙げ得なかった主要な要因として、既得権益と堅く結びついた政・官・財のシステム内部での狭い選択肢を巡って政策が検討され、決定されてきたことが挙げられる。
      • 特に地球温暖化問題等、広く市民生活や産業政策に係わる問題においてはNPOの参加は不可欠であるにも拘わらず、とかく形式的であったり、「ガス抜き」程度に聞きおくことが常であり、そのため出てきた政策は、利害を有する者の間の妥協の産物で、実行力にも国際性にも欠けるものが多かった。
      • このような状況を打開するため、
        1. 主要な政策を形成し、決定するにあたっては、党も政府も、専門性を有するNPOから必ず意見を聴取し、政策に反映させる。
        2. 地球温暖化・生物多様性等の重要国際会議には、NPOの代表者(その人選は、官ではなく、NPOコミュニティに委ねる)を必ず含める。
        3. EUをはじめ主要先進国が既に批准しているオーフス条約(「環境に関する、情報へのアクセス、意思決定における市民参加、司法へのアクセスに関する条約」)を早期に批准し国内法を整備する。
        4. 各種審議会のあり方を抜本的に見直し、公平な第三者機関による人選を行う。

    3. NPOの活動基盤強化と雇用拡大への支援
      • NPOは、現在の社会にあっては重要な役割を果たしており、年を経る毎に社会からの期待も大きくなってきているにも拘わらず、NPO活動の資金的基盤は極めて脆弱である。特に環境分野のNPOの多くはそうであり、人々の善意、企業・財団等からの助成金とスタッフの熱い使命感によって、かろうじて支えられていると言っても過言ではない。
      • 現在、若者や定年退職者等の間にはNPOで働き、社会の発展に貢献したいと希望する人は少なくないが、多くのNPOは、主として資金面から十分にその要求に応えることができない状況にある。
      • このような状況を打開するため、
        1. 長期的視点に立った日本版グリーン・ニューディールとして、NPOの雇用拡大のための支援策を充実する。例えば、
          • 独)環境再生保全機構の「地球環境基金」の助成枠を大幅に拡大するとともに、NPOスタッフ(常勤)の人件費も助成対象項目に追加する。
          • NPOスタッフの国内または海外での研修・留学費用を支給する。さらに、海外での重要国際会議へのNPOスタッフの参加費用の全部又は一部を助成する。
        2. 行政とNPOとの協働プロジェクトを増加し、充分な予算を措置する。
        3. 個人の寄付や企業が設立する財団等のNPO助成を容易にするため、税制上の優遇措置を拡充する。

    4. 環境教育・研修の強化
      • 社会的な大転換が求められる今日、一人ひとりの国民が生命の基盤である「環境」の重要性を認識するとともに、環境問題の状況を理解し、その要因を日常生活や仕事、さらには価値観や社会経済のあり方と関係づけて捉え、自らの幸福だけでなく、地域社会や日本、ひいては世界の持続性の確保に向けて、自ら考え、判断し、行動する力をはぐくむことが重要である。
      • このような状況を可能とするため、
        1. 環境教育が全ての学校・地域・職場等で実施されるよう、環境教育推進のための法律を早急に改正する。
        2. 小・中・高校での「環境科」を新設し、教員への研修を充実する。
        3. 地方公共団体は、NPO等と協働して、一定レベルの環境学習・実施等の機会を住民に毎年必ず提供出来るよう財政措置を取る。

(以上)