2009年11月号会報 巻頭言「風」より

次世代を最優先に

藤村 コノヱ


『私の世代には、夢があります。いつか野生の動物たちの群れや、たくさんの鳥や蝶が舞うジャングルを見ることです。でも、私たちの子供の世代は、そんな夢を持つこともできなくなるのではないか?あなたがたは、私ぐらいの歳のときに、そんなことを心配したことがありますか。 (中略) 学校で、いや、幼稚園でさえ、あなたがた大人は私たち子どもに、世の中でどうふるまうかを教えてくれます。例えば、争いをしないこと、話し合いで解決すること、他人を尊重すること、散らかしたら自分でかたづけること、ほかの生き物をむやみに傷つけないこと、分かち合うこと、そして欲張らないこと。ならばなぜ、あなたがたは、私たちにするなということをしているのですか。 (中略) お聞きしますが、私たち子どもの未来を真剣に考えたことがありますか。』

このメッセージを覚えておられる方も本誌の読者の中には多いと思いますが、これは1992年ブラジル・リオで開催された地球サミットの折に、カナダの12歳の少女が世界各国のリーダーを前に行ったスピーチの一部です。先日ある会合で久しぶりに聞いたのですが、本当に素晴らしいメッセージで心打たれるものです。しかしこうした子どもたちの願いが踏みにじられてしまうのではないかと危惧されることを最近もよく耳にします。

その一つが、運転時のCO2排出量がごく少ないという理由で、原子力発電が俄かに脚光を浴び、新設への動きが世界各国で加速されていることです。実際アメリカでは、スリーマイル島事故以来凍結されていた原発の増設を約30年ぶりに打ち出し約35基の新設を計画、チェルノブイリ事故以降新設を控えていたロシアも約40基を計画、中国では約30基の新設を予定しているそうです。こうした世界的な需要の中で、国内の原発事業で技術力を高めていた関連企業が海外進出の勢いをはやめており、原発は新たな輸出産業になるとして経産省も後押ししています。

その一方、10月11日のNHKの番組では、世界で540基近くある原発のうち既に閉鎖されたものが約120基あり解体の時期を迎えていること、しかし解体には一基当たり数百億円、場合によって十数兆円の費用がかかること、さらに施設そのものが「被曝」した状態にあるため、最先端の技術をもってしても解体には長い年月と高度な技術力、そして何よりも高い危険性を伴うことが報じられていました。私自身、以前に核廃棄物の処分場として建設が進められている六ヶ所村、柏崎発電所、そして解体時期を迎えた「東海原発」など数か所の原発施設を見学したことがあります。その時も、運転時の安全性もさることながら、むしろ核廃棄物や施設が使えなくなったときのことがとても気になったのですが、この番組を見ながら、「目に見えないものやごみになった後のことには無関心というのが世の常。でもそこにこそ、真実が隠されている」という私の持論とあの時の直観は間違いではなかったと改めて思った次第です。

番組では、建設時には運転時の安全性には十分な配慮がなされていたものの、解体時のことは全く考慮されていなかったことや、当時の図面さえも保管されていないケースもあり、それが解体作業をより困難にしていると報じていました。レイチェル・カーソン女史が化学物質の危険性をいち早く警告していたように、建設当時でも原発の運転時の危険性だけでなく解体時の危険性や困難さも誰かが警告していたはずです。しかし、カーソン女史の警告がそうであったように、最初に原発が開発された当時は、そうしたことは無視され、新しい技術の発展のみに多くの人が心を奪われていたことは容易に想像できます。

でも原発がはじめてつくられた50年前と今は違います。原発に関する技術的な知見も積み重ねられ、賢い選択を行うための情報もたくさんあります。確かにCO2の削減と温暖化防止は緊急の課題ですが、だからといって将来世代に大きなツケを残す原発の増設という方法を安易に使っていいのかどうか、こんな時こそ、私たち大人はカナダの少女のメッセージを思い起こし、将来世代にツケを残さないことを大前提に、国民的議論をすべきだと思うのです。

そして、もうひとつ。鳩山総理が2020年25%削減を打ち出したことで、産業界の一部は公平性や経済活動の足かせになるなど、相変わらずの反論を強めています。しかし公平性とは一体誰との公平性なのか?途上国との公平性ならば、日本人はインド人の10倍近いCO2を出しています。まして世代間の公平性ならば、現世代が出したCO2をゼロにして次世代にツケを残さないのが原則です。また、経済活動の足かせというならば、加藤共同代表がこの欄で度々述べているように、過去の厳しい自動車排ガス規制をクリアしたことが日本のその後の自動車産業の発展につながったことを思い出すべきです。以前に、あるメーカーの経営層の方と話をしたときのことを思い出します。公式な意見交換の場では、「企業は利益追求が使命であり、それによって社会に貢献している。環境対応も可能な限りやっているが、会社が存続しなければ元も子もない」と言われていたのが、その後の懇親会では「でも孫のことを考えると、あなたたちの言うこともよくわかる」と。

この12月には、世界の温暖化対策の今後、というより人類の存続にかかるといっても過言ではない重要な会合(COP15)がコペンハーゲンで開催されます。そこには世界各国の首脳も参加するのではないかと言われています。そして日本からも政治家、官僚、NPO、そして、いまだに経済活動の妨げになると言って温暖化対策に後ろ向きな一部経済界の方々も参加するでしょう。様々な利害関係から、会議が成功するかどうか微妙なところですが、「次世代にツケを残さない」ために、そうした人たちに、冒頭のメッセージの続きを届けたいと思います。

『なぜあなたがたがはこうした会議に出席しているのか、どうか忘れないでください。そして一体誰のためにやっているのか。それはあなたがたの子ども、つまり私たちのためです。あなたがたはこうした会議で、私たちがどんな世界に育ち生きていくのかを決めているのです。』