2009年12月号会報 巻頭言「風」より

大変動の今年を振り返る

加藤 三郎


どの年でも、大中小の変化は常にある。しかし、今年は正真正銘の大変化、歴史の上でも、長く記憶されるような年であったと思われる。その変化が明年以降に良い方向に動くのか、それとも混乱して崩れてゆくのかは、まだ分からない。しかし、それ以前とは様変わりすることだけは確かだろう。

私たちはこの変化の傍観者ではなく、微力ながらも変化を働きかけた一員であったことをうれしく思う。私個人は、この節目の時に70歳を迎え、歴史のダイナミックな変化に参加し得た幸運を感謝している。変化は様々に起こっているが、本稿では、オバマ政権と鳩山内閣の登場がもたらす変化のメッセージに焦点を当てて振り返る。

<<オバマ政権の登場>>

バラク・オバマ氏は2年近い厳しい選挙戦をくぐりぬけて、1月20日、アメリカ大統領となった。47歳という若さである。彼は、弁護士、市民活動家、そしてイリノイ州の上院議員を経て、連邦上院議員の1期目の途中で大統領選挙に躍り出た。

激しい選挙戦の間、アメリカ人だけでなく世界中の人々が、彼の言動に注目してきた。今はアメリカ史上初の黒人大統領として、国内だけでなく世界の政治に極めて大きな影響を与え続けている。彼の武器は言葉による圧倒的な説得力、高い志、そして現実をよく理解する聡明な頭脳であろう。

早くも10月にはノーベル平和賞の受賞が発表された。平和賞委員会は、「オバマ氏の主導のおかげで、世界が直面する気候変動の挑戦に立ち向かう上で米国はこれまでより建設的な役割を果たしている。民主主義と人権も強化されるだろう。オバマ氏ほどよりよい未来への希望を人々に与え、世界の注目を引きつけた個人はまれだ。」などの選考理由を挙げている。

オバマ大統領は、2月の議会における演説で、経済危機に触れ、「今回の危機の重大さがこの国の運命を決めるのではない。問題に対する解決策は我々の手が届くところにある。解決策は私たちの実験室や大学に、農地や工場に、そして起業家の想像力や世界で最も勤勉な人々の誇りのなかにあると回復の源泉がどこにあるのかを指摘している。

4月のアースデイ演説では「我々が今、直面しているのは、環境を救うか、経済を救うかの選択ではない。繁栄か衰退かの選択である。我々は引き続き、石油の主要な輸入国に留まるか、それとも、クリーン・エネルギーの輸出国になるかだ。新しいエネルギー源を創りだすのに世界をリードする国は21世紀のグローバル経済をリードする国となる。アメリカはその国でなければならない。」とリーダーシップを譲り渡さない決意を述べている。

オバマ大統領は11月には24時間足らずの短い東京滞在であったが、多くの聴衆を相手に演説もしている。その内、気候変動問題については、「「我々一人一人が、我々の惑星の環境を破壊せずに経済を成長させるために出来ることをしなければならず、それを一緒に行わなければならない。良い知らせは、適正なルールを設け、動機付けを行うことができれば、最高の科学者や技術者、企業家の創造力を発揮させられるということだ。それは、新たな雇用や事業、全く新しい産業へとつながっていく。」と熱く語っている。

これらのスピーチは、いずれもブッシュ政権からの明確な変化を示しているが、そのオバマ氏も国内外において大きな困難に直面している。医療保険改革、イラク・アフガン戦争への関与、深刻な失業問題、そして温暖化対策においても、与党内部からさえかなりの反対を受け、苦闘している。来年に、彼がこの困難をどう乗り越えるかを世界中が期待を込めて注視している。

<<鳩山内閣の発足>>

9月16日に就任した鳩山由紀夫首相も、それ以前の政権とは異なった政治スタイルと言葉で語り始めている。政権発足3ヵ月の現在、首相の言葉と政策の実行力の間に疑問符も付けられているが、日本にも理念や志を真正面から自分の言葉で語れる首相が、ようやく登場したことをまずは歓迎しておきたい。

温暖化問題については、既に本誌でも幾度も取り上げたので、ここでは10月26日の所信表明演説から、鳩山首相の政治姿勢を見ておく。ここでも大きな変化を見てとれるからだ。

「長年続いた政治家と官僚のもたれ合いの関係、しがらみや既得権益によって機能しなくなった政治、年金や医療への心配、そして将来への不安など、『今の日本の政治をなんとかしてくれないと困る』という国民の声が、この政権交代をもたらしたのだと私は認識しております。」

「このために、鳩山内閣は、これまでの官僚依存の仕組みを排し、政治主導・国民主導の新しい政治へと百八十度転換させようとしています。」

その上で、彼は「新しい公共」という概念を次のように語っている。「『新しい公共』とは、人を支えるという役割を、『官』と言われる人たちだけが担うのではなく、教育や子育て、街づくり、防犯や防災、医療や福祉などに地域でかかわっておられる方々一人ひとりにも参加していただき、それを社会全体として応援しようという新しい価値観です。国民生活の現場において、実は政治の役割は、それほど大きくないのかもしれません。政治ができることは、市民の皆さんやNPOが活発な活動を始めたときに、それを邪魔するような余分な規制、役所の仕事と予算を増やすためだけの規制を取り払うことだけかもしれません。しかし、そうやって市民やNPOの活動を側面から支援していくことこそが、21世紀の政治の役割です。」是非そうであってほしいと私たちNPOは切望している。

経済については、「『人間のための経済』への転換を提唱したいと思います。それは、経済合理性や経済成長率に偏った評価軸で経済をとらえるのをやめようということです。経済面での自由や競争は促しつつも、雇用や人材育成といった面でのセーフティネットを整備し、食品の安全や治安の確保、消費者の視点を重視するといった、国民の暮らしの豊かさに力点を置いた経済、そして社会へ転換させなければなりません。」

日本の役割については、「経済だけでなく、環境、平和、文化、科学技術など、多くの面で経験と実力を兼ね備える国です。だからこそ、国連総会で申し上げたように、他でもない日本が、地球温暖化や核拡散問題、アフリカをはじめとする貧困の問題など、地球規模の課題の克服に向けて立ち上がり、東洋と西洋、先進国と途上国、多様な文明の間の『架け橋』とならなければなりません。こうした役割を積極的に果たしていくことこそ、すべての国民が日本人であることに希望と誇りを持てる国になり、そして、世界の『架け橋』として国際社会から信頼される国になる第一歩となるはずです。」と力を込めて語っている。

鳩山首相の場合も、オバマ氏と同様、様々な困難に直面しているが、その中でも、まずご自身の政治資金問題をきちんとクリアしない限り、理念も志も説得力を欠き空回りしてしまうであろう。

<<主体的、継続的に働きかける>>

世界の人口は68億人を超え、グローバル化した経済社会は、今激しい地殻変動を起こしている。そこでは、笑う人よりも、傷つき、苦しみ、悲しみ、絶望している人の数の方が、はるかに多いように思われる。

そのような苦しみを抱えても、人類社会は前へ進まねばならない。行き着く先は、人がこの生命の星・地球に生まれたことを喜び、感謝できるような地点であってほしい。その人類社会を導くのは、いつの時代でも政治のリーダーだ。私が、オバマ大統領や鳩山首相などの言動に着目するのもその為だ。しかし、そのリーダーを支え、励まし、正しい道を選択するよう求めるのは、私たち一人ひとりの主体的な働きかけだ。

環境文明21は、ささやかな組織ではあるが、放っておけば壊れてしまう社会を、少しでも人間らしい持続可能な環境文明社会にするようNPOとして倦まず弛まず政治家・企業・市民たちに働きかけ続けている。地上に降った雨水が地下水脈を形成し、やがて大地を潤すように、小さな力でも継続していれば、社会も変わるのでは、との願いからである。明年もご支援のほどを切にお願いする。よいお年をお迎え下さい。