2010年7月号会報 巻頭言「風」より

「25%削減」はどうなった?

加藤 三郎


参議院選挙直前の6月8日、菅直人内閣が正式に発足した。この内閣は「強い経済、強い財政、強い社会保障」を標榜しているだけあって、選挙の焦点はいつの間にか「財政」、中でも消費税問題に集まった。鳩山さんをあれほど悩ました「政治とカネ」や、普天間の問題などは、メディアの表面からは拭い去られ、消費税問題一色と言っても過言ではないほどだ。

私にとって気になるのは環境問題、特に温暖化対策の行方だ。なぜなら本誌で何度も取り上げたように、鳩山前首相は、就任直後に国連に出掛け、「温室効果ガスの削減目標として90年比で2020年までに25%削減を目指す」と表明している。この時「全ての主要国による公平かつ実効性のある国際的枠組みの構築及び意欲的な目標の合意がわが国の国際約束の前提である。」と言ってはいるが、「このような野心的な誓約を提示したのは、日本が利害関係の異なる国々の『架け橋』となり、将来世代のために地球を守りたいと願ったからに他ならない」とも述べている。鳩山前首相は、この高い目標は「そのことによって新しい市場が生まれるだろう。また、新産業、新技術の創造を通じて、安定的な成長力を確保する」意図も明らかにしている。

国連という世界の舞台で胸を張って温暖化対策を表明したにもかかわらず、「政治とカネ」の問題、「普天間」のあの迷走が続き、余裕がなくなったのか、いつの間にか政権内で温暖化対策については、熱意が冷めていくように思われた。その一つの表れは、鳩山内閣が本年3月に閣議決定した温暖化対策基本法案のお粗末さである。

この法案は、2020年の中期目標としては25%の削減を掲げ、2050年の長期目標としては、80%削減を、また一次エネルギーの10%を再生可能エネルギーで供給すると目標数値を明記し、これを達成する基本施策としては国内排出量取引制度を基本法施行後1年以内に法制化すること、地球温暖化対策税(仮称)を平成23年度の実施に向けた成案を得るよう検討すること、また、再生可能エネルギーの全量固定買取制度を創設することなどを盛り込んだ。これだけを見ると、私たち温暖化に関心を持つ者が待ち望んできたことが書き込まれたが、同時にこの法案には次のような文言も挿入された。まず、25%の削減目標は「すべての主要な国が、公平なかつ実効性が確保された地球温暖化の防止のための国際的な枠組みを構築するとともに、温室効果ガスの排出量に関する意欲的な目標について合意をしたと認められる場合に設定されるものとする」との不可解な条件が削減目標のすぐ後の条文に書き込まれた。

「すべての主要な国」とはどこなのか判然としない。しかも、「公平なかつ実効性が確保された国際的な枠組み」、「意欲的な目標」とはどんなものなのか、そういうことが整って初めて日本の25%目標は設定される。別の言い方をすれば、このような条件が満たされない間は、日本はどのような目標を設定するのかは全く書かれていない。だから25%の削減目標は、近寄ったらすぐに消えてしまう蜃気楼のようなものだ。

また、排出量取引制度に不可欠なキャップについても、排出総量の限度として定める方法を基本とするものの、いわゆる原単位で排出量の限度を定める方法についても検討を行うものと書かれているが、これでは排出量取引制度がどのような制度になるのか、不分明だ。

この基本法案は、衆議院の審議において大いにもめたようであるが、民主党多数の衆議院では強引に基本法案を可決し、参議院に送られたが、審議する時間もなく、廃案となってしまった。環境関係者の中には、この廃案を残念がる向きもあるが、私は、根本的な欠陥を持つ基本法ならば無い方がいいわけで、参議院選挙後に新しい政権の枠組みが出来た時点で、つくり直し、与野党がしっかり審議をすればいいと考えている。

それにしても、地球温暖化対策を巡る政治状況は、国内外ともに極めて不透明。今年の暮れにメキシコで開かれるCOP16については、早くも当のホスト国から不安が表明されており、多くの交渉担当者もCOP16では答えは出ないと見ている。オバマ政権において、温暖化法案が上院にかかったままであるので、米政府が大胆な一歩を踏み出せないというのが大きな原因である。それに加え、コペンハーゲンのCOP15でも露呈した先進国対途上国の対立構造が全く解けていないので、国際的に見ても、野心的な温暖化対策を日本に迫るような状況にはなっていない。

しかしながら、温暖化に起因すると思われる異常気象現象は世界各地でますます頻発している。この6月の始めには、モンタナ州では大竜巻が起こり、沢山の人が死んでいる。6月下旬には中国南部で大洪水があり、その他にも、ブラジル、アメリカのオクラホマ州なども大変な状況になっている。水力発電に依存していたベネズエラでは、大干ばつにより電力が不足し、強力なチャベス大統領の政権も揺らいでいると報じられている。このようなことを書き出せばキリがないが、世界各地で異常現象が頻発している。

しかし、政治の世界は財政問題、金融危機の問題、深刻な失業の発生などの難問を抱え込んでおり、少し先と思われる温暖化への対応が後回しにされている。このような足踏み状態はしばらく続くと思われるが、少なくとも日本は選挙後にもう一度立て直し、日本の国益はもとより、人類益にも通ずるような中長期的な視点を見据えながら、今日の問題に対処する強力な政策を新内閣は勇気を持って出して欲しいものだ。。