2011年11月号会報 巻頭言「風」より

働き方と雇用

藤村 コノヱ


震災から早8か月。一見平穏な生活が東京には戻っているように感じられますが、被災地ではメディアでは報じられない様々な課題も生じているようです。また、復興計画も各地で作成されていますが、雇用の確保や経済活動の再開が、どの地域でも一番の課題のようです。

しかし、これは、被災地に限った問題ではなく、また、日本だけの問題でもありません。9月はじめに、周辺の森林資源を活用して「森林共生低炭素モデル社会」を目指す北海道下川町を訪問しました。戦後間もない頃から、森林資源を活用した地域づくりを進めており、歴代町長のリーダーシップと熱意ある行政マンの奮闘、そして元気な町民との連携で、環境資源を活用した地域づくりを進めています(2011年2月号参照)。しかしこの地域でも、他の多くの地域同様、雇用の確保は大きな課題になっているそうです。一方、世界的にみても、最近の失業率は日本が4.3%(2011年8月)であるのに対して、アメリカ9.1、イギリス7.8、ドイツ6.1、フランス9.1と軒並み高い失業率を示しており、世界中がこの課題に苦しんでいると言っても過言ではない状況です。世界各地で広がる市民デモも、こうした雇用不安が背景にあるといわれます。

環境文明21では3年間にわたり、2030年の環境文明社会の価値観、社会基盤や暮らしについて検討してきましたが、その中でも、「働く」を一つの大切なテーマとして取り上げてきました。それは、誰かの為に、何かの為に、「働く」という行為はまさに人間が生きる証、誇りであり、持続可能な社会を築く上では必須要件だという認識と、それが現在、危機的な状況になりつつあるという認識からです。実際、日本の国民性を踏まえた終身雇用制度が衰退し、替わって重視された成果主義の功罪も明らかになってきていますが、過去10年程の間に、日本では非正規雇用(パート、アルバイト、契約社員など)が増加し、2010年には全労働者の34%(1755万人)にも達しています。こうした働き方は、多様な働き方の一つとして考えれば一概に悪い面ばかりではないのかもしれません。しかし、この労働形態は、一応に低賃金で、雇用調整の対象になりやすいという不利な面が多く、この状況を放置することは、労働者個人の不幸というだけでなく、社会的にも年金や健康保険制度の弱体化につながり、社会の安定性、持続性、ひいては日本社会の存続にも深刻な影響を与えることになりかねません。

そこで、環境文明社会プロジェクトの最終報告書では、2030年までに、①働く意思のある全ての人に働く場と機会を保障すること、②働く目的や働き方など多様な働き方を可能にすること、③企業だけでなくNPOや社会的企業での雇用を確立することを目標として掲げました。

そして実現に向けては、例えば、複雑化する社会では「公共」を行政だけが担うのではなく、身近な公園管理などは住民が担うなど、「環境は公共財」の視点から、自然環境の保全や地域の環境資源の活用などの分野で働く場を創出し、より多くの人が公共を担うといった考え方を浸透させ具体化していくことを提案しています。既に前述の下川町では昭和41年から伐採を、昭和45年からは造林事業を森林組合に委託し、今では約65名の雇用を生み出しています。現在、様々な地域で環境資源を活用した地域おこしが始まっていますが、そうした取組の中に、例えば、農地を重要な環境資源ととらえ、これを農家だけでなくNPOや消費者等も含め皆で守っていける新たな仕組み(農地法の改正も含めて)を作れば、雇用も創出でき、TPPや食の安全性にも対応できる強くて持続的な農業に変わり、地域の環境と持続性も確保できるのではないでしょうか。いわゆる「半農半X」的な働き方と暮らしの提案です。

とはいえ、地域の自然環境資源には限りがあり、そこからの雇用数にも限界があります。そこで、働く側も、給料は増え続けると言ったこれまでの常識から目覚め、収入のみでなく自己実現や楽しみを目的として働くという意識の転換や、それを可能にするワークシェアリング的な仕組みも必要です。先日、インターン生だったT君がやってきました。東大を出て廃棄物の会社に就職したのですが、下宿近くに市民農園を借りて野菜を作り、会社が終わった後は料理に励んでいるとのこと。「仕事も私生活もとても楽しい」そうです。収入はそんなに高くないでしょうが、農学部を出て環境の仕事をしたいという夢をかなえ、しっかりと生きている姿は、「働く」ことの価値を本当の豊かさを得ることに置いているようで、こんな若者が増えれば、日本も変われると頼もしく思えました。

一方、働く場を確保し多様な働き方を実現するには、利益をあげることを第一の目的とする従来型の企業経営だけでなく、内よし、店よし、世間よし、それに次世代よしといった「四方よし」の日本的精神を基盤とした社会的企業やコミュニティ・ビジネス、そしてNPOでの雇用促進も必要です。環境文明21が実施している経営者の「環境力大賞」も、環境と経済の統合を図りながら、「環境」という社会的課題の解決に励む経営者を応援するものです。また、ある会合で、「身の丈に合った経営で、地域の資源や人を活かしていくような仕事で、社会的責任をしっかり果たせる企業をめざす」と、被災地で、地元の企業を支え地元の雇用を作りながら廃棄物処理に当たっている、ある会員企業の若い経営者が語っていましたが、こんな経営者精神こそが、被災地の再生のみならず、これまでとは異なる日本経済の活性化には必要なのではないでしょうか。

変わらなければ、という思いとは裏腹に、方向性が見えないがゆえに、元に戻る動きも強まっています。温暖化の危機から目を背けたり、短期的な利益や効率性を求めて海外に出ていく企業経営の危うさをタイの水害は物語っています。

3.月11日に多くの人が感じた「このままではいけない!!」という思いを思い返し、新しい社会/環境文明社会づくりの一環として、経済や企業のあり方も含め雇用形態や働き方も変えていかざるを得ない時代に来ていることは確かです。その羅針盤として、環境文明社会の提案を多くの人に知ってもらい活用して頂きたいと願っているところです。

なお、環境文明社会報告書(概要版)をご希望の方は、事務局までお問い合わせください。