2011年12月号会報 巻頭言「風」より

乱気流の中の日本と世界
―2011年を振り返る―

加藤 三郎


いつの年でも、個人にとっても国にとっても、様々な困難はつきもの。しかし、今年2011年は、日本にとって格別の困難に見舞われてしまった。言うまでもなく3.11の大震災・津波そして原発事故が困難の最たるものであり、苦しみや悲しみは、未だに癒えてはいない。

この他にも大きな自然災害が日本を襲った。7月の新潟・福島豪雨、8~9月の台風12号と15号による大雨・土砂被害、そして10月のタイの大洪水では、進出していた日本企業の多くも巻き込まれた。また、ヨーロッパの財政・金融危機、さらにアメリカの不況が深刻になり、ついにドル安から超円高に転じ、日本の輸出企業には大きな困難を強いた。

このような困難続きの日本にも、うれしいことが無かったわけではない。手に汗握る激しい攻防の末、女子サッカー世界一を獲得した「なでしこジャパン」、また、原子力に依存しない社会を目指したエネルギー政策の大転換、この夏の電力不足を乗り切った民間の力、そして、NPOへの寄付税制の大改正などは忘れ難いうれしい出来事だ。

このようにちょっと振り返っただけでも、苦しみと喜びが交々発生した年となったが、私にとって特に印象深かった次の3つの問題について、少し詳しく触れてみたい。

<<温暖化の影響は世界中に>>

10月以降、新聞を見てもテレビを見ても、連日のようにタイの大洪水のことが大きく伝えられた。最初は、古都アユタヤ周辺にある日本企業の被災が報じられ、その後は、首都バンコク市内での浸水騒ぎで持ちきりだった。しかしながら、世界全体に目を向けると、このような大雨大洪水は、各地で被害をもたらし、その他にも干ばつ、乾燥による山火事、竜巻などの気象災害が頻々と報じられている。

私から見るとこれらの異常現象は、地球温暖化に伴う気候変動により荒れ狂っている姿そのものである。タイの場合も日本の台風も、地球温暖化によって海水温度が上昇し、その結果蒸発が盛んになって気候が不安定になり、前線や山岳にぶつかってひとたび雨が降ると、途方もない豪雨となって、洪水被害をもたらしていると考えられる。その反面、別の場所では干ばつなども深刻だ。

このように、気象災害の根底には地球温暖化があり、しかもその温暖化に対して真に効果のある対策は依然取られないまま、ますます深刻な状況になりつつある。タイで起こったようなことは、これから先も、世界中で繰り返され、温暖化の進展とともにもっと深刻になることを覚悟しなければなるまい。まさに、科学者たちが予測した通りの出来事が世界中で起こっているのだ。

昨今は、電力不足の日本から外国に脱出する企業も多いようである。しかし、電力不足は中国など新興国ではしばしばおこる現象だ。そしてそれより怖い気象災害や、貧富の差が大きくなれば、テロや暴動が発生し、日本では経験したことのないほどの治安の悪化、武装集団などとの戦いも待ち受けていよう。

結局、環境を守らなければ人の生命だけでなく、企業活動をも極めて不安定にしてしまうことに気が付いてほしい。その目でみれば、日本はまだ治安の点でも、人間の質の点でも、気候変動の点でも、諸外国に比べればマシだ。温暖化など地球規模の環境破壊に先頭切って挑戦していくことこそが、企業にとっても安全で確実な未来を引き寄せることになることを企業人も認識してほしい。

<<経営者の責任は重大>>

原発事故の賠償財源確保のための東京電力の資産査定を行う政府の経営・財務調査委員会からの報告が10月に出た。それによると、東電が支払う損害賠償額は、2013年3月末までで、4.5兆円に上るとのこと。その支払いの財源を確保するため、10年間で、2兆5,000億円余のコストを削減し、3年以内に約7,000億円の資産売却が必要とか。そのため、東電および関連会社の職員7,400人をリストラし、社宅・厚生施設なども900件ほど売却せねばならないらしい。東電事故によって、理不尽にも、住むところから追い出され、仕事や人生を決定的に変えさせられた多くの人のことを思えば、当然かもしれないが、おそらく東電社員やその関連企業にとっては、大変厳しい査定だったと思われる。このような事態を招いたのは、言うまでもなく、東電の歴代の経営者と、またそれを見過ごしてきた経済産業省など政府である。彼らの責任は厳しく問われねばならない。

私はかねてから、経営者たるものは、常に批判やまともな科学者からの警告には真剣に耳を傾け、その意味するところを検討し、取り入れるべきは取り入れる賢明な度量と責任があると思ってきた。経営者が、自分の耳にやさしい、茶坊主のような人たちばかりに取り囲まれていたら、後になってどれだけのツケが回ってくるのか、今回の事故は明瞭に示している。その結果、善良な社員や関連会社にも大きな負担を強いる結果になるわけで、経営者の責任は、極めて重大である。津波の危険性、原子力自体の危険性を少なからぬ科学者や専門家が警告していたにも関わらず、その意見は採り入れず、経営に都合のいい意見を重視してきた結果が、今日の結果ではなかろうか。

もう一つ心配なのは、地球温暖化問題に対する電力業界首脳らの対応だ。新聞や雑誌などでの発言を見る限り、彼らが温暖化問題に真正面から向き合い真剣に取り組んでいるようには思えない。国内外の多くの専門家が提案している温暖化対策税や排出量取引などに、一貫して反対し、それらが政府の政策にならないよう先頭を切ってブロックしてきた。曰く「日本の産業界は、省エネにいち早く取組み、今や乾いたぞうきんで、絞れるものは何もない。」さらに最近では、IPCCはデータをねつ造しているなどと、実態はありもしない「クライメイトゲート事件」なるものを言いふらす一部の学者やメディアを重用してきたようである。

これでは、日本の温暖化対策は一向に進まない。実際、20年間、足踏みしただけでなく、伸びるべき省エネ、自然エネルギー関係のビジネスや技術の健全な発展をブロックしてしまった。加えて、日本に与えた影響だけでなく、国際交渉などを通して、世界に与えた影響も少なくない。温暖化による甚大な被害が目に見えて頻発するようになったら、温暖化対策の意図的な遅延をもたらした責任を問う訴訟も起こるかもしれない。その時、彼らはどう対応するのであろうか。 

重ねて言うが、真の経営者は、まともな科学者やNPOなどからの耳に痛い批判や警告にも耳を傾け、全方位を見つめ、最も正しい方向に企業や企業社会を引っ張るのが役割である。無責任な意見ばかりに耳を傾けて道を誤れば、手厳しいツケが遠からず回ってくるのではなかろうか。

<<「ウォール街を占拠せよ」の人の群れ>>

この9月、NY市のウォール街からのニュースに驚いた人は多かろう。私もその一人だ。アメリカの富の象徴であり資本主義の大本山とも言うべきウォール街に、若者ら一群の市民が押し寄せ、「ウォール街を占拠せよ」と呼号し、「We are the 99%」というプラカードを掲げている写真が報じられたからである。

中谷巌氏の『資本主義はなぜ自壊したのか』(2008年集英社)や、堤未果氏の『ルポ貧困大国アメリカ』(2008年岩波新書)などを通じてアメリカの資本主義社会が急速に劣化し、不満が渦巻いていることを知ってはいたが、まさか、このような事件がウォール街で起きるとは思ってもみなかった。彼らの主張は、金融ゲームにうつつを抜かす1%の大金持ちのせいで、国民の99%が貧困に苦しむ格差社会に陥ったというもの。激しい抗議は3カ月経った今も続いている。記事によれば、アメリカでは現在、2,500万人以上が失業し、5,000万人以上が健康保険に入っていない。大企業や富裕層が富を独占する半面、若者(19歳~25歳)の40%が無職であるという。10月15日には、NYのタイムズスクエアで数千人の市民が口ぐちに行き過ぎた資本主義を批判した。この行動は全米各地だけでなく、ロンドン、ローマを含む世界80カ国に拡大している。多くの論者は現在のグローバル資本主義や新自由主義を批判しており、私自身もこの問題に無関心ではいられなかったが、ついにウォール街まできたかとの思いは深い。

これに関してお伝えしたいのは、10月29日の夜から30日にかけて、NY市を含むアメリカの東海岸地方で、時ならぬ大雪が降ったことである。この抗議を続けるために公園に留まり続ける人たちの上にも無情にも雪が降り、NY市では3cmほどだったが、80cm近くの積雪があった所もあった。アメリカで10月末にこれだけの雪が降ったのは記録的なことという。

2011年、経済も社会も混乱し、温暖化が引き起す異常気象も確実に増えている。季節外れの大雪が現代資本主義社会の不公平や貧困に抗議する人たちに降り積もる光景は、今年の象徴として、忘れられない光景となった。

今年もお世話になりました。明年もスタッフ一同頑張りますので、ご支援をお願い致します。