2012年9月号会報 巻頭言「風」より

原発そして核廃棄物との長い付き合いが始まった

藤村 コノヱ


幾分涼しかった7月から一転して今年の夏も連日の猛暑。7月の豪雨では私のふるさと大分でも大きな被害が出ましたし、局所的に突然の落雷や豪雨に見舞われたところも多く、報道の少なさや人々の関心の低下とは関係なく、まさに温暖化に伴う異常気象が日常化してきた感じです。一方心配された電力不足ですが、東京電力管内を見る限り、猛暑の日でも予想使用電力は85-90%程度。原発がなくても普通にやっていけるではないか、との思いを強めています。そうした中、原発を中心とした日本のエネルギー政策についての議論が続いていますが、この原稿を書いている8月末現在では、国民的議論の結果がようやく出そろったところ。次のようなことを案じながら、9月中ごろに出されるだろう新たなエネルギー政策の内容とその後に思いを巡らせています。

既に新聞報道等でご承知の通り、政府が国民的議論と称して行った全国11か所での意見聴取会、約89000の意見が寄せられたパブリックコメント、そして初めての試みとして行なわれた討論型世論調査のいずれでも、「原発ゼロ」を選択する意見が多数を占めました。政府の「2030年の原発比率15%支持が最多になる」との期待とは異なる結果となったわけです。しかし早速、これが全て国民の意見を反映するものとは言えない、原発ゼロでは経済がもたないなどの意見も出ており、9月中頃に出される予定の今後のエネルギー政策に、どの様な形でどの程度反映されるか注視しています。なぜなら、それが今後の国民的議論、ひいては日本の民主主義のあり方に大きく影響すると思われるからです。

もう一つは原子力規制委員会人事が決まらず、組織そのものが宙に浮いた状態にあることです。その要因として、委員長候補とされる田中俊一氏はじめ、その多くが原子力ムラの人々で構成されていることに反対する意見が強いことで、複数のNPOや市民団体もその撤回を求め人事候補案も提案しています。原子力規制委員会設置法では、委員長及び委員は、人格高潔であって、原子力利用における安全の確保に関して専門的知識及び経験並びに高い識見を有する者とされています。また一般的な欠格事項のほか、原子力事業を行ったり原子炉を設置する者などは不適格とされており、政府案はこれに該当するとしてNPOなどはその撤回を求めているわけです。こうしたやり取り自体は必要だと思います。ただ、いつまでも対立が続くことで、規制委員会は成立せず、結果的に今の無責任体制が続いてしまい、万が一、福島のような事故が再び起きた時に無政府状態になってしまうのではないかという危惧もあります。脱原発の時期の如何に関わらず、否応なしに、私たちはこれから長いこと、廃炉・核廃棄物処理を含む「原発」と付き合っていかなければならないことを考えると、人事案でいつまでも対立するより、「人格高潔、専門的知識及び経験並びに高い見識」を持った、可能な限り中立な人物で規制委員会を早期に立ち上げ、脱原発に向けて歩を進める努力を始める方が賢明ではないかと思うのです。

いずれにしても、この会報がお手元に届く頃には少なくとも上記の結論は出ていると思いますが、結論の如何に関わらず、「原発」との付き合いはこれで終わるわけではなく、むしろこれからが本番です。補償問題、安全性や健康への不安だけでなく、福島はじめ被災地の核廃棄物、そして溜まりに溜まった原発からの核廃棄物をどこで保管しどこでどう処理するのか。例え原発ゼロになってもその課題はずっと残ります。そうしたことも考えて、政治家、NPO、そして一人ひとりが、一時的な利害・感情に流されることなく、自らが熟考し責任ある行動をとっていくことが大切だと思います。

そのためにも、せっかく始まった国民的議論を継続して、この国にも根付かせたいものです。今回は、いずれの手法も、準備期間も実施期間も短すぎ、一般市民が答えにくい方法であり、国民的議論というには開催場所も参加人数も少なすぎるなど多くの問題がありました。これまでは一部政治家と官僚任せだったエネルギー政策について、国民も参加して議論できる場が作られたこと自体は評価すべきです。この流れを絶やすことなく、今回の試みで明確になった課題を解決しつつ、もっと時間をかけて準備し、もっとたくさんの人が議論に参加できる工夫をし、それらの意見を積み上げ政策に反映できるよう、本物の国民的議論に深化されていくことが大切だと思います。

また様々な議論の過程で、政府側も市民側も対立だけでなく、どうすれば互いが歩み寄って議論し、合意点を生み出せるか、その試行も続けるべきです。今回は市民側では再三にわたり政府側に会談を申し入れたようですが、政府側から幾度も拒否されたそうです。野田総理と官邸周辺デモ主催者との面談も一方的なものでした。双方ともに経験を積み重ねていくしかないのかもしれませんが、共に、人としての倫理・道徳、科学的知見、経済感覚など多面的な視点を培い、将来世代にツケを残さないという認識を共有することから始まるような気がします。

そしてこうしたことの前提として、多額の予算をかけた今回のような大々的なイベントではなく、日常的な議論の場づくり、学びの場こそが必要なのだと思います。私もこの夏も、ある消費者講座や企業研修などで、ロールプレイやディベート手法も用いて原発の再稼働などについて議論の場を設けました。環境教育を推進してきた者として、こうした学びの場こそが、短期のみならず中・長期的視点でしっかりした考えを持ち、議論し、合意形成できる人を育てることに通じる、まさに環境教育の真価だと信じているからです。

原発・エネルギー問題、温暖化問題、さらに食糧のみならず日本の今後を大きく左右するであろうTPP問題など、政治家や専門家任せではすまない課題が山積みです。科学技術とグローバル化が否応なしに進むこれからは、ますますその傾向は強まると考えられます。全ての社会的・政治的課題とは言いませんが、少なくとも、環境・エネルギー、食糧、消費、医療など、命や暮らしに密接に関わる課題に関しては、地に足のついた国民的議論、そして対話と合意形成ができるよう、その準備と実践を急がなければなりません。そのために、環境文明21はじめNPOの役割も大きいと思っています。