2013年1月号会報 巻頭言「風」より

「時間切れ」にならぬように

加藤 三郎


3.11後、温暖化対策が“消えた”

3.11の東電福島第一原発の未曽有の事故のあと、人々の関心は、原発問題に集中し原発是か非かを中心に、原発・エネルギー関連事項で明け暮れた。昨年末の衆議院の総選挙にあたっても、「脱」原発か、「卒」原発か、「続」原発かなどのスローガンが飛び交った。しかし、その陰で温暖化対策は政党もメディアも一般市民の関心からもかなり外れてしまった。原発是非論の華々しい空中戦の陰にあっても、温暖化対策への一定の関心があったことは私も承知しているが、日本社会全体から見れば、数年前まで熱心に論じられていた温暖化対策が“消えた”と言ってもさほど間違いではなかろう。

これは、日本だけの現象かというとそうでもない。先般のアメリカ大統領選の最中でも、私の知る限り、温暖化対策は大きな論点にはならなかった。選挙戦の最終盤でハリケーン「サンディ」が、ニューヨーク・ワシントンを含む東海岸を直撃し、少なからぬ被害を与えたことにより温暖化対策が議論されるきっかけは与えられたようではあるが、これまでのところそれ以上のものではない。かねてから温暖化対策に熱心であったEU諸国でも財政・金融問題に大わらわで温暖化対策が見出しになるのは少なくなったようである。

このように、国際的に見ても温暖化対策は足踏み状態が続いているが、温暖化現象そのものはどうであろうか。

危機感一杯の世銀やWMOレポート

世界の科学者のみならず、政界首脳も、産業革命前の世界平均気温からの上昇を2℃以内に抑え込まないと、気候変動により世界は極めて危険になるとの認識で合意しているが、昨年11月、世銀は危機感溢れるレポートを発表した。もちろん、科学的な知見についてはIPCCのレポートなどを基にポツダム気候影響調査研究所に委託して評価したものだが、そのレポート序文の冒頭で、世銀のキム総裁は、「このレポートからショックを受け行動を始めること、すでに取り組んでいる方々にはもっと緊急に動いていただくのが私の希望」と述べている。レポートのポイントは、各国が条約の下で約束している程度の対策で進んだ場合、世紀末には、2℃どころか3.5~4℃上昇する可能性が高く、しかも、その行動の実施が遅れれば、4℃の昇温も見込まれるとしている点だ。

ちなみに現時点で、産業革命以前からの気温上昇は0.8~0.9℃。このレベルでも既に様々な影響が出ており、これが4℃も上昇すると、海岸にある都市の浸水、食料生産へのリスク増大、栄養不良の発生、乾燥地帯はますます乾燥し、湿潤地はますます湿り、多くの地方でこれまで経験したことのないような熱波の襲来、また多くの場所で水不足が発生する一方、強力なサイクロンや台風などの頻度が増大し、取り返しのつかない生物多様性の喪失(特にサンゴ礁など)が起こり得るとキム総裁は危機感を表明し、今日見る世界とは劇的に異なった未来となるという。

ちょうど同じ時期に国連の気象庁(WMO)は、昨年1~10月までの世界の異常気象状況に関して簡潔なレポートを発表した。それによると、2012年は年初の寒冷現象にも拘らず、2001年以来続いている記録的な温暖な年になるとのこと。特に5月から10月までの半年間の平均気温は、観測史上最も高温な4つの期間の一つにあたるとか。また、9月には北極海の海氷が前例にないほど融解した(過去最少だった07年9月よりさらに18%も減少)のをはじめとして、世界各地で様々な異常気象が頻発した。例えば、記録破りの熱波は3月から5月にかけて北米とヨーロッパの多数地点で発生。また、9月には北アメリカ大陸の3分の2が干ばつに襲われ、6,7月には、ロシアや西シベリア、8月には南東ヨーロッパ、バルカンそしていくつかの地中海沿岸諸国が干ばつに見舞われた。この他、中国、北部ブラジルなどでも深刻な干ばつが発生。豪州の4~10月の総降水量は標準より31%も低下。 一方、7月~9月に大洪水がアフリカで、中国南部でも深刻な被害があったという。さらに台風やサイクロンが北アメリカや東アジアで猛威を振るい、大きな被害を与えたと報告している

辛うじて前に進めたドーハ会議(COP18)

このような科学的レポートが出されたなかで、昨年末、カタールのドーハでCOP18と呼ばれる国連会議が開催された。最近は常にそうだが、中国など途上国側は、温暖化の影響を最もシビアに受ける途上国に対して先進国が資金面で手厚い措置をとるよう具体的に確約すべきだと執拗に主張。会議は冒頭から波乱含みだったようであるが、合意された内容は、幸い温暖化対策を一歩前に進めるものとなっている(詳しくは、本号中の竹本、亀山、山岸氏の報文を参照願いたい)。骨子は、第一には京都議定書にかわる新たな法的枠組みづくりの作業日程の確定。第二に昨年末で期限が切れた京都議定書を2020年まで延長すること。(ただし我が国は、この延長期間には削減目標を掲げて参加しない旨表明したので、先進国同士間の共同実施や国際排出量取引は不可。)第三は、途上国への資金支援の具体的内容と、気候変動による損失と被害の軽減のためのメカニズム制度を本年末にワルシャワで開催される次回会合(COP19)で決めることになったことである。

このように一応の合意はなされたが、世銀ですら心配している温暖化に伴う気候変動の猛威を考えると、このようなテンポで対策を議論していると遠からず時間切れになってしまうのではないかと心配だ。

「時間切れ」にならぬように

私のいう時間切れとは、次頁の図に示す通りであるが、このような状況に陥ってしまうと、人類社会全体が破滅的な影響を受けることになるので、これは避けなければならない。そのためには、国内的にも国際的にも一刻を争ってなすべきことは沢山あるが、国内ですべきと思われることは、少なくとも次の4つである。

まず、温室効果ガスを削減するための法的拘束力のある目標を設定すること。鳩山内閣において、2020年までに90年比で25%削減という目標を表明した経緯があるが、安倍新政権において、法的に担保すべき目標を明確にすべきだ。ただし、温暖化対策は2020年で終わるわけではないので、30年、50年の目標も明示すべきだ。

第二に、昨年の10月から温暖化対策税なるものが既存の石油石炭税の上乗せ分として導入されたが、これは平年度ベースで2,600億円程度の税収しか見込んでいない。しかし、温暖化対策には、省エネ、送配電網の強化、再生可能エネルギーへの投資など、今後20年間で120~140兆円ほど、年間では6~7兆円の財源が必要だと試算されている。それに対し、年間2,600億円程度の税収見込みではお話にならない。本格的な温暖化対策税の導入が必要だ。

第三に、排出量取引を含む経済的インセンティブをフルに活用すべきである。昨年の7月から再生可能エネルギーの固定価格買取制度が動き出したのは評価できるが、排出量取引制度も導入すべきだ。

第四に、最も大事なことは、なぜこれほどのお金を使い温暖化対策に取り組まなければならないのかの理解と支持を得るためにも、その最新の情報を国民や企業、自治体などに不断に提供していかなければならない。この情報提供は役所からだけでは、質的にも量的にも足りない。やはり、ここはNPOの出番であり、その積極的な参加を促すための財源措置もすべきであろう。

以上の四つだけが全てではないが、少なくともこの程度のことをしなければ、「時間切れ」は免れないと覚悟すべきではなかろうか。