2013年3月号会報 巻頭言「風」より

「環境力」という旗印

加藤 三郎


1.「環境力」の発見

私は10年前に『日本再生の分かれ道~環境力~』という本を書いた。当時はバブルがはじけて、日本経済が突然の不況に陥り、またもとの活況に戻すために、経済再生とか景気回復ということが声高に叫ばれていた時代であったが、私自身は、経済再生というより、むしろ、人々の生活を含む社会の再生が重要であり、そのカギを握るのが「環境」だと考えていたからだ。すなわち日本が、技術面でも、感性面でも得意としている環境対策にもっと力を注ぎ、新しい技術開発や環境ビジネスを作りだすことによって、経済だけでなく、バブル経済に浮かれていた日本人の価値観の修正も出来ると思ったからである。そのような気持ちを込めて、「環境力」の本を世に送った。

その一年後、『福を呼び込む環境力』という本を書いた。環境力を持っていると思われた企業や自治体は実際に経済状況が良好で元気であるのを、実例を交えて紹介したいと思ったからだ。その本の中で、環境力の要素となるものは、先見性、技術力、戦略性、そして公平・公正を大切にし社会的責任を十分に自覚していることであり、それによって環境力は一層輝きと有効性を増すと主張したのである。それからしばらく私は、「アイザック・ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て、万有引力を発見した。不肖小生は、環境対策に真正面から取り組んでいる企業、自治体、個人は、皆とても元気だ。そのような元気を引き出す力、すなわち『環境力』を発見した。」と講演のなかで語って歩いたものである。

この本では、環境力について、学者風の定義は与えていなかったが、「個人であれ、企業であれ、自治体であれ、環境を維持、改善しようとすることは、単に環境だけでなく、その経済的な面、社会的な面も合わせ改善してしまい、全般的に持続可能性を高めてしまう力のことである」とだけ述べていた。それからしばらく経って、当会は経営者「環境力」大賞という事業をスタートし、今年で5回目の顕彰事業を行うのを機に、改めて「環境力」をきちんと定義すべき必要を感じたので、藤村コノヱさん、庄司元さん、宇郷良介さんらと一緒に「環境力」とは何かということを改めて議論、検討してみた。その結果、私たちが辿りついたコンセプトは、次のようなものである。

2.改めて「環境力」とは

基本的には、「環境力とはすべての生命の基盤である環境への取り組みを通して、持続可能な社会を創造しようとする力であり、その基には地球環境の有限性を深く認識し、継承されてきた知恵と科学的思考を活かして、新たな価値を創造すると共に、主体性と協働の精神があること」と、今、定義している。この環境力を例えば、企業に当てはめてみると、「環境への独自の取り組みを通して、自社事業に伴う環境負荷を削減し、資源効率を高め、コスト削減や効率向上に資するとともに、働く人の意欲を高めつつ事業の持続性を強化する経営力」であり、そのベースには先見性と知恵、戦略性と技術力、社会的責任の自覚があるとしている。つまり、環境力というのは、単にCO2を削減したり、化学物質を制御する技術力だけを指すのではなく、環境対応を通して、事業経営を変革させる総合的な経営力と考えているのである(次図参照)。

3.「環境力」を当会の旗印に

なぜ、私たちが「環境」にこだわるのか。私たちの認識としては、20世紀後半から21世紀、そしておそらく22世紀以降も、私たち人間が地球上で生き、一定の経済活動を進めるうえで、基本的に足りなくなる資源は、石油でもLNGでもレアアースでもなく、まさに「環境」、すなわち、健全な大気、水、土、そして活き活きとした多様な生き物の存在である。つまり、環境は、私たちの生命の基盤となっているが、その基盤そのものが、地球上のあらゆる資源の中で、最も危機に直面しているのだ。今のままの経済活動やライフスタイルを続けようとすれば、地球環境の健全性は二度と取り戻すことが出来ない。まさに本年1月号の本欄で説明した「時間切れ」の状態に陥ってしまうことを強く懸念している。

もう一つの背景としては、これまで一世紀以上に亘って、「経済」つまりその成長や効率性の追求が政治や教育・文化、あらゆる面での主軸をなしてきたが、これからは、その主軸の座を「環境」に譲ってもらい、環境を主柱とする新しい経済・価値体系を作り上げるべきだという思いからである。

会員の皆様はご存じのとおり、当会はこの5年余、持続可能な環境文明社会を創ることを目指して、様々な活動を行っている。その「環境文明社会」とは、地球環境に限りがあることを認識し、自然環境と社会経済活動との調和を図りながら、社会の持続性と安全・安心を確保したうえで、人間性の豊かな発露と公平・公正を指向する文明を創り出し、維持する社会であると考えてきたが、このような社会を創る力の源泉が「環境力」であると私たちは考えている。もちろん、「環境力」は企業だけが持てばいいものではなく、市民、自治体、国、国際社会などがそれぞれの役割に応じて維持してほしいと思っているが、今、私たちが特に力を入れているのは、中堅・中小企業の役職員である。

昨年の環境文明21の理事会・総会において、当会が何をなさんとしているのかを端的に伝えるための分かりやすいキーワード、いわば旗印のようなものが必要ではないかと指摘された。それを仲間うちで探していたが、その旗印として「環境力」を大きく掲げたらどうかという意見が浮上してきた。今後、当会の旗印として「環境力」を大きく掲げていこうと考えている。会員の皆様におかれてもなにかご意見があれば、お寄せいただければ幸いである。