2013年5月号会報 巻頭言「風」より

オバマ新政権の温暖化対策に注目

加藤 三郎


温暖化に伴う気候変動、特に異常気象の頻発は、年を追うごとに激しさを増しているのに、それに見合う温暖化対策が、国内においても国際社会においても十分取られていない。その大きな理由の一つは世界のリーダーであるべき米政権、特に8年続いたブッシュ大統領の極めて消極的な政策姿勢にあると私は考えている。

そのブッシュ政権の諸施策を厳しく批判していたオバマ氏が2009年1月に大統領に就任したとき、温暖化政策を転換してくれるのではないかとの期待は環境関係者の間で極めて大きなものがあった。しかしながら、オバマ大統領の一期4年間においては、前政権が離脱した京都議定書に戻ることもなかったし、それに代わるイニシアティブをとることもなかった。オバマ氏にとって第一期はイラク・アフガンからの撤兵や医療保険制度の改革などにエネルギーを消費し、その過程で下院が共和党支配になり、大胆な政策転換を打ち出しにくい状況があったのかも知れない。

私たちがオバマ氏に期待したのは、選挙戦では温暖化対策に前向きな姿勢を示していたこと、そして歴史的な大統領就任式では、その前年に発生したリーマンショックから経済の立て直しを当面の最重要課題としつつも「あらゆるところに為すべき仕事があり、経済状況は力強く迅速な行動を求めている。私たちは行動する。(中略)太陽や風、大地のエネルギーを利用し、車や工場の稼働に用いる。」と述べ、早速「グリーン・ニューディール」政策を開始し、アメリカ経済のグリーン化と仕事や雇用の拡大を目指そうとしたことにある。

選挙戦から就任直後の一連のオバマ氏の言動は、私たちだけでなく多くの人を動かし、希望を抱かせた。実際、就任の年の10月には、ノーベル平和賞の受賞が発表された。その理由のなかで、選定委員会は「オバマ氏の主導のおかげで、世界が直面する気候変動の挑戦に立ち向かう上で、米国はこれまでより建設的な役割を果たしている。」と述べ、「核なき世界」の演説だけでノーベル平和賞をもらったわけではないことを伝えている。

このようにオバマ政権は、気候変動問題に真正面から取り組んでくれるのではないかという期待は大きかったが、最初の4年ではそれは叶うことなく、空振りに終わってしまった。アメリカ政治の現実、つまり民主党支配の上院と共和党支配の下院との間の厳しいねじれという国内事情があって、さすがのオバマ氏も共和党が強く拒否する気候変動対策という難問に取り組む余裕がなかったのではなかろうか。

しかし、昨年の大統領選挙を切り抜けて、オバマ政権は第2期に入った。その選挙戦最中の9月に、強力なハリケーンが東海岸を襲い、ニューヨークの地下鉄が浸水するなど甚大な被害が出た。オバマ氏は早速この機会を捉えて、問題に取り組む重要性を訴えた。それがどの程度、功を奏したかは不明だが、予想よりも大きな差で選挙戦を制し、本年1月、就任した。その就任演説と2月に行われた一般教書の中に私が注目するメッセージが込められているので、少し長いがオバマ政権の思想を知るためにも紹介をしてみたい。

まず就任演説においては、「自らのためだけでなく子孫のために、米国民としての責務を果たすべきだ。我々は気候変動という脅威に対応していく。それに失敗すれば、子どもや未来の世代を裏切ることになると知っているからだ。科学が示す揺るぎない証拠を拒む者がいるかもしれないが、荒れ狂う森林火災や深刻な干ばつ、脅威を増す嵐による壊滅的な衝撃は、誰も避けられない。

持続可能なエネルギー源確保への道のりは長く、時には困難をもたらすだろう。しかし、米国はこの変遷に逆らうことはできない。我々が導かなければならない。新たな雇用や産業を生み出す技術で他の国々には負けられない。それを主張すべきだ。それによって米経済の持続力や、米国の宝である森林や河川、耕作地や雪に覆われた山々を維持していく。」と熱く述べている。

また議会での一般教書演説において「子供たちや未来のために、気候変動問題にもっと対処しなければならない。一つの出来事だけで傾向を言うことは出来ないが、観測史上最も高温の年が過去15年間に12回発生したことは事実だ。熱波、干ばつ、山火事、洪水、これはみなより頻繁になったし、強力になった。超暴風サンディ、そして過去数十年間で最も厳しい干ばつ、いくつかの州で発生した最悪の山火事、これらは皆、単なる気まぐれの偶然と考えるべきだろうか。それとも、圧倒的な科学の判断を信頼し、遅すぎないうちに行動することを私たちは選択すべきではないだろうか。

議員に申し上げるが、党派を超えた、市場を活用した気候変動の解決策を共に追求しようではないか。しかし、もし議会が将来世代を護るためにすぐに行動しないのなら、我々が今後取り得る大統領令に基づく行動を用意するよう閣議に私は指示する。それは現在と将来にわたって汚染を減らし、コミュニティを気候変動がもたらす影響に備えさせ、より持続性のあるエネルギー源への転換を早めるための行動である。」と宣言した。

なお、ここでの「行動」とは、我が国の大気汚染防止法に相当するClean Air ActでCO2を汚染物質として指定し、火力発電所や自動車からの排出を規制することと思われる。(本誌09年2月号の本欄をご参照下さい。)

このオバマ演説が行われた約2週間後に安倍晋三首相が国会で施政方針演説をしている。この演説で、温暖化問題に首相がどう触れるか注目していたが、日本の経済成長を成し遂げるという文脈の中で「それから環境技術です。資源制約を抱える世界で、その解決策を、日本は持っています。ここにも、商機があります。最先端の技術で、世界の温暖化対策に貢献し、低炭素社会を創出していくという我が国の基本方針は不変です。」と述べたにとどまっている。ここには将来の日本にどのようなインパクトを与えるかというような言葉や政策も出てこず、単に「商機」に集約されている。

さて、第二期目のオバマ政権が、この重要政策にどう取り組み、どのような成果を出すかは私も分からない。前期同様、期待外れに終わってしまうかもしれない。もしそうなら日本も世界もたいへん厳しい未来を覚悟しなければなるまい。