2013年12月号会報 巻頭言「風」より

異常気象が吹き荒れた2013年

加藤 三郎


1.皇后陛下のご認識

この会報がお手元に届くのは、師走も半ばになり、何かとお忙しいなかにも、揺れ動いた今年を振り返っておられる頃かと存じます。皆様方にとって、本年はどんな一年だったでしょうか。

今年は、第二次安倍内閣が本格的に始動した年となりました。アベノミクスなる言葉がやたらと飛び交い、日銀が“異次元”の金融政策を開始すると長いこと低迷していた経済が確かに動き出しました。円安も進み、株価もだいぶ上り、この方面に利害を持つ人にとっては、安倍内閣の出現は願ってもないことだったと思います。9月になりますと、2020年の東京五輪開催が決定したことも、多くの人に歓迎されました。

しかし、2013年を忘れがたい年にしたのは、多分、猛烈を極めた異常気象の連続だったかと私は思います。

1月や2月にはごく寒い日々もありましたが、3月に入ると一転して夏日が出現。5月の中旬には全国各地で早くも真夏日となり、多く各人を驚かせていました。8月には、高知県の四万十市で41.0℃の高温を記録しました。しかも当市では一日だけでなく、8月10日には40.7℃、11日には40.4℃、そして12日は先ほどの記録的な最高温となり、次の日も40.0℃と、4日連続して40℃を超えています。まさに異例ずくめの猛暑でした。

一方、雨も猛烈に降り注ぎました。7月28日は、山口・島根両県でこれまで経験したことのないような豪雨となり、山口市、津和野町を含む多くの町で水害が発生。9月には、京都や福井で大雨が降り、観光名所である渡月橋も危うく流出寸前までいったことは、未だ記憶に新しいと思われます。

このような猛烈な暑さや雨は日本だけでなく、竜巻、干ばつ、熱波、山火事、そして台風やハリケーンになって、世界の各地を襲いました。特に、11月8日には、台風30号がフィリピンのレイテ島などを襲い、台風襲来に慣れている当地ですら、極めて甚大な被害が発生しました。何しろこの台風の上陸時の気圧は、895hPa、風速は90m/秒を超え、105mに達したとの報道もあります。被災者総数は約1千万人。死者は6千人を超え、未だに正確な数が掴めない状況になっています。

さすがにこの大被害は、日本はもとより世界中で大きな関心を呼びました。たまたま日本では10月15日に伊豆大島を台風26号が襲い、1時間降雨量122.5mmという観測史上トップレベルの豪雨となり、激甚な被害をもたらしていましたので、このような異常気象の頻発が、地球温暖化による現象として多くの人に印象付けました。

私の関心を引いたのは、みずほ情報総研が9月に公表した「地球温暖化影響に関するアンケート調査」の結果です。全国の20代から70代以上の1,085名の回答結果を見ますと、回答者の92%が、地球温暖化を科学的事実であると捉えており、94%は、人類社会が地球温暖化の影響を受けつつあると答えている点です。将来の不安としては、ゲリラ豪雨による水災害の増加、海面上昇による低地の高潮被害や水没、農作物の収穫量や品質への影響などが挙げられています。

このように国民の多くが心配し始めていますが、たまたま私が朝、寝床でラジオを聞いていると、79歳となられた美智子皇后陛下が、記者からの問いかけに文書で応えられたもののなかに、異常気象と温暖化について言及しておられることを知りました。そして早速その文章を取り寄せ拝見しました。優しく聡明な皇后陛下のお言葉が並んでおりますので、少し長いですが、関係部分の全文をご紹介しておきたいと思います。

「今年は10月に入り、ようやく朝夕に涼しさを感じるようになりました。夏が異常に長く、暑く、又、かつてなかった程の激しい豪雨や突風、日本ではこれまで稀な現象であった竜巻等が各地で発生し、時に人命を奪い、人々の生活に予想もしなかった不便や損害をもたらすという悲しい出来事が相次いで起こりました。この回答を準備している今も、台風26号が北上し、伊豆大島に死者、行方不明者多数が出ており、深く案じています。世界の各地でも異常気象による災害が多く、この元にあるといわれている地球温暖化の問題を、今までにも増して強く認識させられた1年でした。 (アンダーラインは加藤)」


2.あまりにも鈍い日本政府の温暖化対策

皇后陛下が前記のご認識を披露されたのとほぼ同じころに、安倍首相は国会で所信表明演説を行っています。地球温暖化に伴う異常気象問題に対して、首相がどのような対応策を見せるか注目していましたので、所信を隅から隅まで読んでみましたが、地球温暖化対策で何も語っていません。震災復興、成長戦略、社会保障、外交・安全保障などについては、言葉を費やし語っていますが、異常気象が頻発し、多くの人命や財産が失われているこの問題に関わる政策については、全く触れていないのです。

失望したというより、首相のこのような認識でこれから地球温暖化に伴う異常気象が益々猛威を振う中、日本の国民は本当に守られていくのだろうかという心配が募るばかりです。実際、この演説が行われた1か月後に、政府は地球温暖化問題を国際的に議論する重要な場であるワルシャワ会議(COP19)に向けて、2020年までの目標として、05年比3.8%減の削減目標を定めました。この目標は京都議定書の基準年度である90年比では、なんと3.1%増となる数字。これまで日本は、京都議定書に基づき、12年度末まで、90年比6%の削減を目指し、それなりの努力をしてきましたが、これから先は、それすらしないというシグナルです。

それにしても、日本がホスト国を務め、難航の末にまとめた京都議定書の削減義務量よりも大幅に下回っているとは、どういうことなのでしょう。

安倍首相は第一次内閣のときに、ハイリゲンダムで行われた先進国首脳会議において、世界全体で2050年までに半減することをメルケル首相とともに提案した一人です。そして、先進国については2050年までに少なくとも80%程度の削減をすることも、その後の日本の歴代首脳が合意しています。このように自ら80%もの削減を合意しておきながら、2020年に向けては削減どころか3%程度の増加を見込むという戦略性の乏しい目標を掲げ、国際交渉に臨みました。この目標では、中国・アメリカを含む従来、温室効果ガスの削減義務を負っていない国々に対して、削減を訴える力が極めて弱くなってしまったのみならず、今、省エネ技術や、再生可能エネルギーに本気で取り組み、国内外において環境技術やビジネスの拡大に全力を傾けている企業に対しても、ネガティブなメッセージを出してしまったと思っています。

安倍内閣は、「攻めの温暖化外交」を標榜しているようですが、攻めるどころか、原発が止まってしまったからとかの言い訳と途上国への資金援助で取り繕いに大わらわの環境外交交渉であったようです。


3.国民もそろそろ覚悟を

前の項で、安倍内閣の鈍い温暖化対策について批判しましたが、改めて考えてみると、昨年12月の衆議院選挙のときも、そして今年7月の参議院選挙のときも、温暖化対策は争点にすらなりませんでした。それは、自由民主党が争点隠しをした訳でもなく、民主党を含めた各党とも重要政策としては取り上げませんでした。さらに、衝撃だったのは、マスコミ各社の世論調査において、今回の選挙で政党に期待する政策事項のなかに、温暖化対策はもとより環境政策すら外していることでした。世論調査で表れた国民の意向は7,8割という圧倒的な高さで、景気回復などの経済項目が相変わらず上位を占めていました。

参議院選挙の頃ともなれば、既に異常気象や熱中症患者の発生が報道されていたにも関わらず、国政における選挙の争点にはなっていなかったのです。

なぜ、国民は景気回復などの経済事項を選挙の争点にしたのでしょうか。私の解釈では、お金のある人はアベノミクスでもっとお金を、そして、非正規雇用など不安定な雇用や貧しく苦しい生活を強いられている数多くの人たちにしても、この苦境から脱出するには、景気回復・経済成長しかないと思ったのではないかと考えています。つまり、お金がある人もない人も皆、景気回復を政治に求めたのです。そして、その陰で本来は死活的に重要な施策である温暖化対策などが、すっぽりと抜け落ちてしまい、しかもそのことをメディアも国民もそして政党も問題にしなかったというのが今の私の解釈です。

従って、安倍内閣が、温暖化対策に真剣に取り組まないからと言って、批判する資格は多くの人にないのです。それを選ばなかったのですから。しかし、もう、国民も覚悟を決めるときがやってきたのではないでしょうか。成長戦略などという政策では、今、経済的に苦境に陥っている国民を救うことにもならず、まして、牙をむき出した異常気象などの災害に立ち向かうことも出来ないということ、そして、そのためには、すべての人が真に人間らしい生活とは何か、それを支える価値観や政治の役割についての考えを大きく変えなければならないということを知るべきでしょう。

時間は刻々と失われています。来年こそ、国民一人一人が、腹を決めて向き合い、どうしたら、経済の苦境とともに環境悪化の連鎖から脱することが出来るのかを本気で考えなければならないでしょう。