2014年2月号会報 巻頭言「風」より

3.11後の大変化と気候変動対策の切り札

加藤 三郎


東日本大震災と東電福島第一原発の大事故からまもなく3年。このわずか3年の間に極めて大きな変化が日本の政治、経済そして暮らしに至るまで生じている。あまりにも大きな変化であるので、これを整理し、意味付けを与えるためにはさらなる時間が必要だろう。

ここでは、エネルギー、特に電力分野での変化とそれがもたらす気候変動対策に絞って、概観しておきたい。


1.3.11後の電力事情の大変化

(1)原発の停止と節電モードの定着

3.11以前、54基の原子力発電所が存在していたが、現在は、稼動原発ゼロが続いている。もちろん規制当局によって安全とされた原発については、再稼働させる動きもあるが、今のところその状況にはなっていない。民主党政権下においても電力供給の約半分を原子力で賄うエネルギー基本計画を掲げていたことを思うと、東電だけでなく全ての電力会社で目下のところ稼働ゼロという状況の出現を誰が想像し得ただろうか。

3.11直後の東電管内では厳しい節電が求められた。今は、見た目にはかなり戻りつつあるが、それでも、社会全体での節電モードはかなり定着したように思われる。

マクロな数字を見ても、電力の発電量は2010年度時点では、1兆64億kWhであったのが、2年後の2012年度においては、9,408億kWhとざっと7%の節電がなされ、1次エネルギー全体の消費量を見ても、かなり省エネが進んでいる。

(2)再生可能エネルギーの普及開始

3.11以前も、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの開発利用は、ある程度は進んでいたが、大量生産、大量消費を良しとする電力会社の姿勢もあって、まことに遅々たる歩みであった。しかし、3.11後は、急速に進むようになった。それを可能にしたのは、2011年8月の再生可能エネルギー特別措置法(FIT法)の成立。これにより、太陽光・風力・小水力・地熱・バイオマスの5種類から作られる電気については、電力会社は長期間、固定価格で買い取らねばならない制度が12年7月から実施された。それにより、再生可能エネルギーの利用は全国各地で進み始め、塁積導入量は2,645万kW(昨年10月末)となり、いろいろ解決すべき課題はあるものの年々拡大している。

(3)安全・規制行政が環境行政の枠内へ

以前は、原子力を推進している経済産業省のもとにあった原子力安全・保安院が、安全・規制行政を担当しており、原子力推進側と規制側が同じ屋根の下にあることが、かねてから問題にされていた。しかし、安全・規制行政が、原子力ムラに取り込まれ、必要な機能を果たしていない実態が3.11後に次々と明らかになるにつれて、独立性と透明性を旨とする原子力規制委員会が12年9月に発足し、その事務局である原子力規制庁が環境省の外局として誕生した。

このことについて、私も多少の役割を果たしたと思っている。というのは、3.11から一ヶ月少々後の4月22日付の毎日新聞紙上で、「大震災・原発事故、私の見方」の欄で以下のように述べた。「それにしても、放射線汚染問題は環境問題ではないと思われているのか、今回の一連の対応における環境省の不在や怠慢を責める声が出ていないのは不思議だ。環境省が事実上、原子力行政の埒外に置かれている姿は、温暖化政策がエネルギー官庁や業界から強い反対を受けて進んでいないのと軌を一にしている。今回の出来事を教訓にして原子力行政を民主化して国民の監視下に置くために、環境省の責務を見直すなど、原子力の規制と放射性物質の管理・監視システムを再構築すべきだ。」 もちろん、私が主張したのでそうなったというわけではないが、政治的にも影響力のある一つの世論を作り得たのではないかと思っている。

(4)「電力システム改革」の始動

これも3.11以前から、電力の小売り自由化は段階的に実施されていたし、また発送電分離の必要性についても、経産省のなかにも強い支持があったと聞いている。しかし、3.11がなければ実現しなかったであろう「電力システムの改革」が着実に動き出した。昨年11月に電気事業法が改正されたからである。

改革には大きく3つの段階がある。一つ目は、2015年度を目途に広域的運営推進機関なるものを創設する。これは、現在、九電力に分かれ、それぞれがほぼ独立し、管内だけで電力を融通しているが、それを広域に運用できるようにハードウェアを含めた仕組みを作るための機関である。二つ目は電力の小売り全面自由化。これにより誰でも好きな大中小の電力会社から自由に買えるようになるので、例えば中部電力や大阪ガスなども東電管内で売電する動きも出始めた。2016年を目途に全面自由化がなされる。三つ目の、より根本的な改革は発電部門と送配電部門の分離で、2018年から20年を目途に実施することになっている。これまでは、電力会社以外の会社や組織が発電をしても、それを必要なところに送配電するには、コスト面でも制度面でも縛りが厳しかったが、この分離が実施されればソーラーや風力などの発電事業者にとっても大幅な改善がなされる筈である。

(5)エネルギーの地産地消が活発に

戦後の日本では、電力は大電力会社がそれぞれの管内において発電し、隅々まで送配電し、そこで消費させるシステムが強固に続いてきたが、再生可能のソーラー・風力・小水力など、地域に賦存するエネルギー源から、電力を作り、地域で消費する動きがやっと出てきた。特に水利権の運用に係る河川法の改正や、農山漁村再生可能エネルギー法が、前国会で制定されたことにより、日本の各地域が自らにふさわしい再生可能エネルギーを開発し、それを地元で使う動きが活発になっている。これも本誌今月号の各報告に見られるように、3.11前には考えられなかった規模で動き出している。


2.気候変動対策の切り札

CO2の排出をカットし、国産エネルギーである再生エネの供給増を推進する体制はやっと動き出したのに、この流れをより強力に推し進め、しかも、気候変動対策にしっかりと結びつける政策は、日本では全く停滞している。

その理由を私なりに推測してみると、①政策当局者も国民も気候変動の脅威に真正面から向き合っていない、②経済成長に悪影響が出ることを恐れている、③日本の省エネや再生エネの技術は世界のトップレベルにあり、これ以上やることはないと誤認している、などが考えられる。

ここでは、③についてのみコメントすると、私はいつもウサギとカメの物語を思い出す。日本では経済界や政界のリーダーたちが、口を開くと日本の省エネや環境技術は優秀であり、世界に冠たるものだと繰り返している。しかし、本当にそうなのであろうか。確かにかつてはそうも言えたと思うが、この十年ぐらいの間、必要な対策を促す政策に対してはあれも嫌だ、これも嫌だと拒否しているうちに、他の国は頑張って技術競争力を着々と高め、今では日本は世界に後れを取った状況となっている。しかしそのことは、あまり知られていない。それを示す例を二つほど挙げよう。

一つは、昨年の暮れにドイツの環境シンクタンク「ジャーマンウォッチ(Germanwatch)」が取り上げた国ごとの温暖化対策ランキングだ。これは、温室効果ガスの排出量や再生可能エネルギーの比率、エネルギーの利用効率に関するデータに政策分析の結果を加えた指標によるが、ここでは日本はなんと50位に位置づけられ、ポルトガル、米国、インド、中国などにも追い抜かれて、「落第」とされた下位15か国の中の一つとなっている。

こういうとシンクタンクやNGOの調査は、恣意的で根拠に乏しいと軽く一蹴され、政策当局者などは、歯牙にもかけない風であるが、それならば、エネルギーのプロ中のプロ、エイモリー・ロビンス博士が今年1月18日付の朝日新聞で述べていることに注目していただきたい。彼は「日本はエネルギーの効率化の点で、あまり進んでいない。主要な工業国のうち、産業用コージェネレーションの導入や商業ビルのエネルギーの効率化では10位、トラック輸送分野は8位、自動車では最後から2番目」と指摘し、日本に対して非常に厳しい目を向けている。彼は、日本の政治経済の復興には、「自然エネルギー導入とエネルギー効率化へ新たな飛躍が必要」と政策の転換を促している。要は、我が国は、1970年代に悪戦苦闘して獲得した公害防止技術や省エネ技術に安住し、お山の大将に留まっているのを世界はしっかりと見ているのだ。

もう一度元気を出させるための切り札は次の三つだと思う。

①CO2等削減目標の設定。政府は2050年までに、80%の削減を目指すことを正式に決めている。それにも関わらず、2020年では、90年比3%増という目標を昨年末に掲げ、多くの批判と失望を招いた。やはり、2030年、40年に向けた適切な目標を国民的な検討を重ねて設定する必要がある。②CO2に対する規制基準の設定である。現在は全くないが、火力発電所、セメント工場、製鉄所など固定発生源からはもとより、自動車、飛行機、船舶からの排出にも設定する必要がある。③規制を上手く動かすために、各種の経済手法を導入する必要がある。FITもその一つだが、温暖化対策税の拡充、優秀な技術に対する助成(エコポイントもその一つ)さらに、電気自動車、ハイブリッド自動車などの低燃費車に対しては、高速道路料金の無料化など大胆な施策の導入が不可欠だ。