2014年4月号会報 巻頭言「風」より

気候変動は“大量破壊兵器なの?”

加藤 三郎


今回の表題を見て、「何なの。これは?」と疑問に思われた方は多いのではないでしょうか。

これは、私が考えたことでも、発言したことでもありません。本年2月16日、オバマ政権のケリー国務長官が、ジャカルタで演説した際に出てきた言葉です。ケリー長官は大略、次のように話したと伝えられています。

「人類社会への脅威としては、テロや伝染病、貧困、そして、核兵器の拡散などがあるが、今や、世界中を無差別に襲い始めた気候変動が、最も恐ろしい大量破壊兵器になる可能性がある」というもの。このような発言は、不用意に出てきた発言ではないと思います。オバマ政権は、アメリカ国内(この冬の寒波は異常づくめ)を含め世界中で発生している異常気象の破壊力や脅威に着目し、それへの対応を世界戦略政策の一つとして格上げしてきた中から出てきたものと思われます。

本欄で何度もお伝えしてきたように、オバマ大統領は09年1月に就任して以来、気候変動問題に積極的に取り組もうとしてきたのですが、本誌の昨年5月号『オバマ新政権の温暖化対策に注目』において触れたように、期待された成果は全く挙げることが出来なかったのです。しかし、昨年1月、二期目に入ると、積極策に転じたように思われます。ケリー国務長官の発言は、その変化をフィリピンやインドネシアなど異常気象によって大被害を受けた傷も癒えない場所を選んで少々ドギツイ形で世界に表明したように思います。

オバマ政権が気候変動対策に対し、プライオリティを高めてきたのには次のような背景があると私は考えています。

第一には、何といっても気候変動による異常気象現象の頻発です。アメリカ国内はもとより、世界中で異常気象が発生し、甚大な損害が出ている現実の直視です。オバマ大統領は、昨年2月の議会での一般教書演説においても「観測史上、最も高温の年は、過去15年間に12回発生したことは事実だ。熱波、干ばつ、山火事、洪水。これは皆より頻繁になったし、強力になった。昨年9月、アメリカの東海岸を襲った強力なハリケーンサンディ、そして、過去数十年間で最も厳しい干ばつ、いくつかの州で発生した最悪の山火事。これらは皆単なる気まぐれな偶然と考えるべきであろうか。それとも、圧倒的な科学の判断を信頼し、遅すぎないうちに行動することを私たちは選択するべきではないだろうか。」と述べています。

第二には、IPCCの長年に亘る調査研究の結果、気候変動の脅威とそれが人間活動によって引き起こされているとの科学的証拠がますます確実になってきていることの認識です。これについて、オバマ大統領は、繰り返し言及していますが、本年1月末の一般教書演説のなかで、「議論は既に決着した、気候変動は事実である」と、断言しています。ついでに述べると、先ほどのケリー国務長官は、ジャカルタの演説において、いわゆる気候温暖化問題に対する根強い懐疑論に対し、「それは、ほんの一握りのいかれた科学者たちが言っていることであって、まるで、地球は球体ではなく、真っ平だと言っているようなもの」と答えているのが、印象的です。

第三は、大統領として、現世代はもとより将来世代への責任感を繰り返し強調している点です。二期目の就任演説においても、「自らのためだけでなく、子孫のために米国民としての責任を果たすべきだ。我々は気候変動という脅威に対応していく。それに失敗すれば、子どもや未来の世代を裏切ることになると知っているからだ。」と述べていますが、本年1月末の一般教書演説においても、「子どもたちの子どもたちが我々の目を見つめて、将来世代のために、新しいエネルギー源を開拓して、より安全で安定した世界を残すために出来ることをしたかどうかを尋ねたとしたら、イエス、しました、と言える私たちでありたい」と熱く語っています。日本のほとんどの政治家が足元の経済ばかりに目をむけていて、次世代に対する責任を真剣に考えてはいない発言と比べると極めて印象深いものがあります。

第四は、大統領としては当然ではありますが、気候変動対策を国内の雇用と米国企業の競争力を高める源泉としようとしていることです。これも、大統領は常に言及していますが、例えば、本年の一般教書演説においては次のように語っています。「我々はソーラーを取り入れている。そのソーラーパネルは米国の作業員が取り付けているので、決して外国に発注されない。化石燃料企業に年間40億ドル(約4,000億円)の不要なお金を与えているのをやめ、将来の燃料にもっと投資出来るようにより賢明な税制にするなどして、雇用の増加を続けようではないか。」「我々のエネルギー政策は、雇用を生み出し、よりクリーンで安全な地球へと導いているのだ。過去8年間、米国はどの国よりも炭素汚染の総量を減少させた。」

第五は国際的リーダーシップの確保です。アメリカは、1992年に締結された気候変動条約には、加盟していますが、京都議定書には参加しませんでした。そのため、京都議定書をめぐる議論では、積極的な対応をしませんでしたが、今は、2020年から発効するはずの新枠組みづくりに向けて、アメリカも積極的に発言するようになっています。先ほど紹介したケリー長官は、インドネシアに渡る前に北京において中国の首脳と会談し、米中が気候変動問題において協力することを確認した模様です。また、ケリー長官のジャカルタ発言の4日後に駐日ケネディ米国大使は、環境省を訪問し、石原大臣と会談をしていますが、その際、気候変動問題に対する取り組みと福島での除染についての協力を話し合ったと伝えられています。

このように、2001年3月のブッシュ大統領の京都議定書離脱から、気候変動問題に対するアメリカのリーダーシップは、影の薄いものとなっていましたが、ようやく動き出したようです。しかしアメリカ国内の政治事情はオバマ政権にとって盤石であるとは言い難い状況ですので、どのような展開を見せるかは、まだ予断できません。

それにつけても、日本の政策の停滞が、あまりにも目につきます。安倍総理は気候変動問題に関して、将来世代への責任をどう考えているのか残念ながらわかりませんが、本件を直接担当している石原環境大臣の存在感のなさは、目に余る問題ではないでしょうか。