2014年6月号会報 巻頭言「風」より

国民の生命と暮らしを守るとは

加藤 三郎


安倍首相の忘れ物?

去る5月15日、安倍首相の私的諮問機関である「安保法制懇」が、集団的自衛権の行使容認を求める報告書を提出したのを受けて、同日、首相は記者会見を行い、政府対応の基本的方向性を示した。その中で、首相は繰り返し「命を守り、平和な暮らしを守るのが、総理大臣である私の責任」と発言し、記者との応答でも「内閣総理大臣である私はいかなる事態にあっても国民の命を守る責任があり、想定外は許されない。現実に起こりえるあらゆる事態に対して切れ目ない対応を可能とするため、万全の備えをしていく。」と強調している。

確かに、近年の東アジアにおける軍事的緊張の高まりを見れば、国を預かる首相として、起こり得るあらゆる事態を想定して対応しようとするのは、当然であろう。そのこと自体は納得できるが、首相にとって、国民の生命と平和な暮らしを守る責任を感じる対象は、軍事的な衝突だけではない筈だとの思いを私は近年、ますます強くしている。

繰り返し指摘しているように、今や、気候変動に伴う異常気象は、文字通り異次元のパワーを見せつけている。昨年一年だけでも日本では猛烈な豪雨に伴う伊豆大島での山崩れ、京都などの大洪水、埼玉・栃木での竜巻など今までに経験したことのないような様々な被害が発生している。より大規模なものとしては、昨年11月の台風30号によるフィリピン・レイテ島などで6千人超の死者と家屋等の大損害を出した惨状は記憶に新しい。

本年2月16日、米国のケリー国務長官はジャカルタで気候変動は”大量破壊兵器”の域に達した旨発言し、また英国の首脳は気候変動の脅威は安全保障問題と捉え、その重大性を繰り返し警告している。つまり、国民の生命や暮らしを脅かしているものは、今日ではミサイルや潜水艦だけでなく、益々強力になる台風、ハリケーン、ゲリラ豪雨や竜巻など気候変動も同様だとの認識が世界の政治指導者の間では共有されつつあるのだ。

安倍首相は危機への対応にあたって「想定外は許されない」と述べている。しかし、異常気象がもたらすインパクトはもはや想定外ではない。四半世紀を越えるIPCCの地道な活動によって、その脅威はますます明らかになっている。こうした想定にも関わらず、安倍内閣は真剣な対応を取ろうとしていない。気候変動問題の重大さを安倍首相はお忘れになっているのだろうか。

安倍首相に再び問いたい。いかなる事態にあっても国民の命を守る責任があると言うのであれば、何故、軍事的な脅威よりも、ある意味、より切迫していると言っても過言ではない温暖化に伴なう気候変動に万全の備えをしようとしないのであろうか、と。

憲法における環境条項の必要性を改めて問い直す

当会は、10年以上も前から、日本国憲法に環境条項を書き込むべきという主張を続けてきた。その最も基本的な理由は、気候変動問題を含め、地球環境の悪化が国民の生命と暮らしを根底から脅かす域に達しつつあるので、国政としてそれへの対応を憲法に正しく反映させるべきとの認識からだ。

ちょうど10年前、当会の中に憲法部会を設置し、書き込むべき条文について検討を開始。翌05年1月には、憲法の3原則(国民主権、平和主義、基本的人権の尊重)に加えて、環境原則を4つ目の原則として新たに入れるべきことを主張した。同年4月には、主だった国会議員も招いて、「憲法にもう一つの柱を」と題するシンポジウムを開催し、アピール文を採択している。その後も国会議員や有識者を交えたシンポジウム等を開催し、その都度、「環境原則」の中身を微修正して、10年10月に第4次案としてまとめ、公表している(次頁資料参照)。

しかしながら、憲法論議というのは政治的、心理的に様々な問題を抱えている上に、与野党の政治家自身も憲法改正に真正面から取り組む姿勢に欠けていたこともあって、期待し<たほど進むことなく今日に至っている。

私たちがこれまで働きかけをしても、浸透しなかった大きな理由としては、次のようなことが考えられる。すなわち、一般市民にとって、環境問題は、国政上、どの程度重要なものなのか見えにくい、環境は危機だと言われるが本当のところはどの程度の危機にあるのかピンとこない、憲法に環境条項を書き加えることで市民生活にどのようなメリットがあるのか見えないといった基本的な問題について市民レベルでも納得できないために、憲法に環境条項を書き込むべきかどうか、またその内容についてのコンセンサスが醸成されないのではなかろうかと思う。

私としては、このような反省に立って、国民の多くが、憲法に環境条項を書き込むことの必要性や問題点について率直に意見を交換できる場を当会の中に今年度は設けていきたいと考えている。

もちろん、憲法に環境条項を書き込めば、問題がすべて解決するわけではないが、まずは国の基本法に環境について何もないという状況を解消する動きを強めたいと思っている。


【参考資料】