2014年11月号会報 巻頭言「風」より

民主主義の赤字

藤村 コノヱ


9月18日に行われたスコットランドのイギリスからの独立を問う住民投票は、他国のことながら興味深い出来事でした。この地域と英国の間には歴史的に様々な対立・課題があったことに加え、最近は、英国政府が自分たちの民意を代表しているのかという疑問、不公平な福祉制度の押し付けなど、民意が政治に反映されていないこと(これを「民主主義の赤字」と表現するそうです)への不満が引き金になったとのこと。結果は全体の投票率が84.6%、賛成44.7%、反対55.3%となり、独立は実現しませんでした。しかし、投票までの若者も含めた議論の高まり、住民投票という民主的方法を英国政府が認めスコットランドが実施した点、独立はならなかったものの自治権の拡大を勝ち取った点は、さすが議会制民主主義を歴史的に発展させた国だなと改めて感じた次第です。

また香港では、香港行政長官の選挙制度の民主化を求めて、大規模な学生デモが広がっています。

そうした世界の動きを見るにつけ、「民主主義の赤字」と言われる状況は、日本でも様々な分野で噴出しているように思えます。特に最近の政府のやり方を見ていると、国民の生命にかかる重要事項が、民意を反映することなく、閣議決定という形で進められているケースが多いように感じます。

原発もその一つです。3.11の原発事故後、民主党政権は不充分ながら国民的議論を実施しましたが、最終的には「原発稼働ゼロに向け」という方向性だけを示すあいまいな閣議決定を行いました。その時も、民意が充分に反映されていないことへの不満はありました。しかし、政権交代するや否や、安倍政権は前政権の閣議決定を白紙にし、今年4月11日には、原発を「重要なベースロード電源」と位置付けるエネルギー基本計画を閣議決定し、将来的に原発稼働を継続させる方針を明記しました。産業界と地元の一部意見のみを重視し、国民の民意などほぼ無視する形で再稼働への道を突き進むことを決めたわけです。

また昨年12月に多くの反対がある中、強行採決された特定秘密保護法も、その後どのような議論が行なわれたか殆んど国民に知らされることなく、運用基準が閣議決定され、この12月から施行されます。その他にも、武器輸出三原則にかわる防衛装備移転三原則も集団的自衛権の拡大解釈もすべて閣議決定です。勿論、国会が国権の最高機関ですから、閣議決定されてもこれらに関連する法案が国会を通過しなければ実現しません。しかし、現在の野党の体たらくを見ていると、政府の敷いた道を進むのではないかと本当に心配です。こうした危機的状況に対して、私たちNPOも、パブリックコメントを出したり、デモをやったりしています。また様々な紙面にも批判の声が掲載されています。しかし、一部、特に経済界の「民意」ばかりを重視する現政権には、良識ある一般市民の「民意」など眼中にないような状況です。為政者の本分は、世を治め民を救う“経世済民”であり、民主主義国である日本の主権者は国民のはずなのに、あたかも全ての権限と責任を担っているかのごとく振る舞う現政権、特に安倍総理には民主主義国家のリーダーとしての資質を疑いたくなります。

一方、民主主義の赤字は、政治家や官僚だけの責任ではないのも事実です。やはり、国民が変らない限り、真の民主主義にはならないのかもしれません。しかし、現状を見ると、「お任せ民主主義」からの脱却はそう簡単ではないという思いもします。

ある地方都市で、環境基本計画の改正に対するパブリックコメントを実施したのですが、30万人近い人口にもかかわらず、たった一人の意見(しかも域外の)しかなかったそうです。パブリックコメントの仕組みには勿論問題があり、それを改良する努力は行政側にも求められますが、民主主義を実現する一つの方法であるパブリックコメントを活かしきれていない市民にも責任はあります。NPOの間でもパブリックコメントの書き方講習のようなことを行い、少しでも市民力を高める努力をしていますが、そうした取組もなかなか進んでいないのも事実です。

また、内閣府の「子ども・若者白書」(2014年版)にも若者の社会参加への関与の低さが窺える結果が出ています。この調査は、日本をはじめ7か国の満13歳~29歳の若者を対象とした意識調査です。社会規範に関しては日本の若者も他国と同程度の規範意識を持っているものの、社会形成・参加に関しては、「私の参加により、変えてほしい社会現象が少し変えられるかもしれない」と思う割合が、アメリカ(52.9%)、ドイツ(52.6%)、イギリス(45.0%)、フランス(44.4%)、スウェーデン(43.4%)、韓国(39.2%)に対して、日本は最下位の30.2%であり、社会的課題への関与や社会参加に消極的な様子がみえます。そういう若者を育ててしまった私たち大人にも責任はあります。しかし、スコットランドの若者が自分たちの将来と国の在り方を真剣に考え悩み投票する姿や、香港の若者が民主化を勝ち取るために闘う姿をみていると、日本の若者も、せめてNPO活動のようなことに参加し、より良い社会づくりの為にもう少し元気であってほしいと思わずにはいられません。

世界でも民主主義の限界が指摘されていますが、それに替わる仕組みがない現状では、これを上手く活用していくしかありません。そのためには、例えば、将来的にもノーベル賞受賞者を継続的に輩出できるよう、「大学は、産業戦士の養成から脱却し、教養と学問的専門性を深め、真の市民を育てる教育に徹する」(環境文明ブックレット8「生き残りへの選択」より)ことや、地方創生政策を利用して再生可能エネルギーの地産地消を進め地方の権限を拡大し地方自治を進めることも必要です。それぞれが当事者意識をもって、時流も活かしつつ何かを始めなければ、日本の民主主義の赤字はますます膨らみ、次世代に更なるツケを残すばかりです。