2015年6月号会報 巻頭言「風」より

「環境立国」はどこに行った

加藤 三郎


1.「21世紀環境立国戦略」?

環境立国という言葉はほとんど耳にしなくなったが、しばらく前までよく使われていたことはご記憶と思う。人によって意味するところは微妙に異なるものの、共通しているのは、環境対策を国の重要施策の旗印の一つに据え、環境ビジネスを進めるとともに国際貢献も積極的にしようということだろう。しかしながら、「21世紀環境立国戦略」なるものを8年前、第一次安倍内閣が策定していたのをご記憶の人は今どの位いるだろうか。

実は私自身も忘れかけていたが、アベノミクスを引っ提げて登場した第二次安倍内閣は環境政策にまともに取り組んでいるとはまるで思えないので、第一次内閣の時はどうだったかと思い返しているうちに、こんな「戦略」を閣議決定していたことを思い出したというわけだ。

なぜ、この環境立国戦略がその名にふさわしいものにならなかったかの背景を考えてみると、そもそもその年の6月、ドイツで先進国首脳会議がメルケル議長の下で開催され、その場で気候変動政策が主要議題となることが知られていたので、首脳会議初参加の安倍首相の手持ち政策として用意されたというのが実情だろう。ただ、第一次安倍内閣は短命で終わってしまったので、この戦略に基づく対応はほとんど実らないまま忘れられてしまったといっても過言ではなかろう。

ちょうど今、日本の温室効果ガス削減目標を政府が決めたが、これも前回と同様、ドイツで開催される首脳会議の場でCOP21に向けた先進国の足並みをそろえるための議論に向けて準備した安倍首相の手持ちカードであり、前回と全く同じパターンとなっている。つまり、温暖化対策の必要性、重要性を政府内で徹底して議論した結果というよりは、サミットでの議論をなんとかこなす方便として用意されたと私には思えてならない。

しかし、閣議決定しただけあって、今見直してみても「戦略」にはそれなりの認識が表明されている。すなわち、「人間活動から生ずる環境負荷が地球規模にまで拡大した結果、環境の容量を超え、地球生態系の微妙な均衡が崩れつつあると言えます。さらに途上国での人口増と経済成長を背景に、環境への負荷が一層増大していくおそれがあります」と述べ、地球には地球温暖化の危機、資源浪費による危機、生態系の危機という3つの危機があり、これは「人間の安全保障の問題とも密接に関連した人類が直面する最大の試練である」と言明している。そして、このような危機に対して日本は低炭素社会、循環社会、自然共生社会を今後形成し、地球生態系と共生して持続的に成長・発展する持続可能な社会を実現すると表明している。その上で、すぐにでも重点的に着手すべき8つの戦略を掲げているが、その第1は「気候変動問題の克服に向けた国際的リーダーシップ」となっている。

このように第一次安倍内閣が策定した環境立国戦略のいの一番に国際的リーダーシップの確立を据えていたが、その後この戦略がどうなったかが問題である。安倍内閣の後に福田、麻生内閣がほぼ1年ずつ続き、そのあとに民主党政権が3年余続いて、2年半前に安倍政権が再び登場したが、安倍首相が8年前に構想した「環境立国」が国際社会ではどう受け止められているかを次に見ていこう。

2.ジャーマンウォッチの日本格付け50位

私は本誌で何度かジャーマンウォッチというシンクタンクによる国別気候変動対策の格付けで日本が大変低いということに触れた。2015年版では、調査した主要国58国中なんと日本は50位となっている。日本は世界に冠たる環境対策技術先進国、省エネはトップクラスで、乾いた雑巾のようにいくら絞っても何も出ないと言われ続けている中で、この50位という順位は多くの日本人には信じがたいと思われる。総合得点で日本より上位にいる国には、デンマーク、スウェーデン、英国など欧州勢だけでなくブラジル、トルコ、米国、中国、マレーシアなどが含まれているのを見ると、意外というより納得できない方が多いのではないだろうか。

このような結果を見ると、ジャーマンウォッチは偏った団体で、公平に分析していないのではないかと思われても不思議ではないだろう。従って、この評価を全く無視して見ないことにし、国内では話題にすらしないということになるのではないかと推案している。実際、私自身も数年前、新聞の記事で日本の格付けを見たとき、これは何かの間違いだと思い、さっそくジャーマンウォッチのホームページにあたってそれが間違いではないことを知り、驚いたことを記憶している。それ以来、ここのデータを注意深く見ている。(注:この国別ランキングは正確に言えば、ジャーマンウォッチとCAN Europeの2団体の共同作成であるが、通常メディア等ではジャーマンウォッチの格付けとして紹介されるので、本誌においてはそれに倣う。)

ところでこのジャーマンウォッチとは何者か。ボンに本拠を置くシンクタンクで、設立は1991年。モットーは“観察し、分析し、行動する”ことで、北側先進国の政治・経済とそれが世界に与える影響に焦点を当てて調査研究をしている。この団体が気候変動対策の国別ランキングを発表するようになって10年経っているとのことである。

さて、なぜ日本が50位なのか、その評点をどうつけているのかはもちろん重要なポイントであるので、ごく簡単に説明しておこう。まず、一人当たりの排出量(森林破壊からの発生量も含まれる)など排出レベルに30%の配点、電力、製造業など分野別の排出量の変化に30%、省エネの効率レベルに10%、再生可能エネルギーに10%、残りの20%は約300人の専門家からの各国の国内および国際的な気候変動政策に対する評価となっている。(詳しくはホームページを参照して下さい。)

3.環境立国どころか…

ジャーマンウォッチ以外にも、日本を含む各国の実力や政策を注視している団体や専門家は他にもたくさんある。日本のメディアでもよく取り上げられるものに、温暖化防止の国際交渉会議の度に、対策に前向き姿勢を見せない国に対して、世界のNGOネットワークが会期中に出す「化石賞」という不名誉な賞がある。残念ながら日本はその化石賞の常連だ。政府関係者はそのことを歯牙にも掛けない風情だが、この賞も間違いなく国際世論の一つの現れである。

このように見てくると、「環境立国」戦略は、その第一項の国際的リーダーシップのところからして、既にコケていると言ってもよいだろう。なぜなら、国内でこそ、温暖化対策は世界のトップクラスという神話がまだ通用しているようだが、国際世論では、この神話は通用せず、裸にされて厳しく審査されていることを理解すべきだ。日本がリーダーシップを本気で取るつもりなら、なぜ日本の評価が低いのか、その理由がどこにあるかを含め、不都合な真実にも向き合い、対策本道に戻るしかない。

この問題は、国際社会における単なる「評判」には留まらない。日本が自ら抱いた「環境大国・環境技術先進国」という虚像故に、日本企業に規制や経済的手法を用いて温暖化対策のレベルアップを強く求めることをやめてしまったため、企業が本来持っている技術開発のポテンシャルを活かしきれていない。自動車業界のように国際市場で大きなビジネスをしている企業は、例えばカリフォルニア規制やEU規制の厳しさを痛感しているので、国内規制の有無に関わりなく、燃料電池車、電気自動車など環境技術開発に真剣に取り組んでいる。しかし総じて、日本の中では厳しい規制が求められないので、技術の進歩や新しいビジネスの芽は、むしろ摘まれてしまう。

今回の安倍政権の温室効果ガス排出26%の削減という甘い目標では、日本の技術が持っているポテンシャルから見れば、大きな技術革新は望めないと、心ある企業関係者は苦々しく思っているに違いない。省エネにしても、再生可能エネルギーにしても、日本は本来、もっと出来るはずなのに、経済配慮から原子力や石炭火力を使いたい一心で、目標を不当にも弛めに設定していることは明らかだ。これは短期的には、電力・製鉄など一部のエネルギー多消費企業には利益をもたらすかも知れないが、気候変動が厳しくなる21世紀の産業全体の構図で見れば、明らかに後れを取ってしまう。まさに安倍政権の下での環境政策が、環境立国どころか、日本社会のポテンシャルを存分に活かしきれない状況を作り出しているのだ。このままだと環境省の存在理由そのものが問われかねない。