2015年8月号会報 巻頭言「風」より

環境と人類社会の危機に向き合うローマ法王

加藤 三郎


多くの日本人と同様、私は、神道と仏教を家の宗教としてきた者であるので、キリスト教世界のことは一般教養としての知識以上には知見もなかった。まして、ローマ・カトリックの最高位におられるローマ法王(正式には「教皇」)の言動には、特段の関心も持っていなかった。

ところが、本年3月末に、日本のカトリック司教団がバチカンを訪問し、フランシスコ法王と会談をした際、法王は、東日本大震災で起きた原発事故などを旧約聖書の「バベルの塔」になぞらえ、人間の思い上がりが文明の破滅を招くと警鐘を鳴らし、自分に都合がよく、ためになると思ってしたことも自分を破壊する結果になっていると指摘したという(3月25日付朝日新聞)。この記事を見た私は、法王は宗教界の人だとばかり思っていたが、科学技術文明に依拠した今日の社会の有り様にもするどい視線を向けているお方なのだと感心した。

それから3ヶ月ほど経った6月18日、フランシスコ法王が環境に関する回勅(法王から全世界のカトリック教会の司教へあてられる公文書)を出したというニュースを、BBC放送や日本の新聞記事で私は知った。法王が環境問題に関し、どんな発信をしたのか、気になったので、インターネットを通じ、回勅の全文(A4用紙びっしり50ページ、246パラグラフに及ぶ長文)と法王がツイッターを通じて易しく発信した文書なども見て、法王が今日の人類社会が直面している極めて深刻な環境と社会の危機に対しどのような考えを持っているのかを改めて知った。その中から私が関心を持った点に絞って法王のお考えの一端を紹介しよう。


まず、技術中心の今日の経済社会をどう見ているかである。法王は概ね次のように論じている。「人類が獲得してきた様々な技術(蒸気機関、鉄道、電子機器、自動車、航空機、化学工業など)は、人間の生活を豊かにした。航空機や高層ビルの美しさを誰が否定できるだろうか。美術も音楽も技術を使って価値ある仕事をしている。しかし、原子力、バイオテクノロジー、IT、DNAなどは、これらについての知識を持ち、それを利用する経済的手段を有する人たちに途方もない力を与え、世界中の人たちの上に優越する地位を与えた。しかしこれまで、こんな力を人類は所有したことがなく、現状での使われ方を見ると、その力が賢明に使われる保証は何もない。」

「科学技術の力が増大することは、進歩そのもの、ないしは信頼や福祉の増進と考える傾向がある。しかし、現代人はその力を上手に使う訓練を受けていない。なぜなら、現在の巨大な技術開発には、それに見合った人間の責任感、価値観、そして良心が伴っていないからだ。技術パラダイムは経済や政治を支配する傾向がある。経済は技術の進歩を利益の増進には結び付けるが、人間に及ぼす潜在的な負の影響には思いを寄せない。環境悪化の教訓を学ぶのがあまりにも遅いのだ。あるサークルの人々は、今日の経済学と技術が全ての環境問題を解決し、地球上の飢餓と貧困の問題は、市場を成長させるだけで救済できると主張する。しかし、彼らはバランスのとれた生産、富のより良き配分、環境・将来世代の権利などには関心を示さない。彼らにとっては利益を最大にするだけで充分なのだ。私たちは、技術と経済の方向性、目的、意義、そして社会的意味合いに係る今日の失敗の根源を見ることに失敗しているのだ。」

この回勅で、私にとってもう一つ注目すべき発言だと思ったのは、「環境危機と社会的な危機という二つの危機があるわけではない。それは、一つの極めて複雑な環境・社会問題があるだけだ。」と述べている点である。法王はツイッターのなかでも「環境と社会の悪化は、この星に住む最も弱い人たちに影響を与えている。私たちは地球の叫びと貧しい人々の叫びに耳を傾けなければならない。」また、「私たちはまず、私たちの只中にある凄まじい不平等に対して義憤を感じるべき」とも指摘している。

この指摘は、フランシスコ法王が1930年にアルゼンチンのブエノスアイレスで鉄道員の子として生まれ、貧しい人たちの生活を間近に見てきた方だけに、12億人に及ぶカトリック信者の頂点に達した今もその生い立ちや若い頃の生活を忘れず、今日の環境・社会問題の根底にあるものを的確に見ているからではないかと私は思う。

法王は回勅を出した1ヶ月後の7月20日、ニューヨーク市長を含む世界65の自治体の首長をバチカンに招き、そこで年末にパリで開催される気候変動対策国連会議(COP21)に向けて話し合う会合の席上でも、「地球温暖化は、途上国における貧困と強いられた移民・難民の発生の大きな原因となっている」と述べ、国際社会がすぐにでも対応すべきだとここでも述べている。


最後に法王のツイッターの中から知恵の言葉を紹介すると、「たくさんのことを変えなければならないが、何にもまして変わる必要があるのは、私たち人類だ。」、「歌いながら進もう。この星のための取り組みや配慮が、私たちから希望や喜びを取り去ってしまうことが決してないように。」