2015年12月号会報 巻頭言「風」より

希望の火灯すか、パリと東京

加藤 三郎


1.テロと気候変動対策が重なったパリ

フランスで相次いで発生した残忍な多発テロにも負けず、2020年以降の気候変動対策を決めるパリ会議(COP21)が予定通り開催された。開催初日に首脳が集まったのは、当初に首脳レベルで、合意すべき大筋をあらかじめ方向付けてしまおうという筋書きを議長国フランスが選んだことによる。

COP21を前にして多発テロが発生した報道に接した際、私が真っ先に思い出したのは、ローマ法王の「環境と社会の悪化は、この星に住む最も弱い人たちに影響を与えている。私たちは地球の叫びと貧しい人々の叫びに耳を傾けなければならない。」との指摘だ。今日の気候変動などの途方もない地球環境の悪化と、人間社会の危機とが同根であると指摘した法王はまさに正鵠を得ている。

貧困や差別を背景として発生したテロの現状と貪欲なまでに豊かさを追い求める都市・工業文明が引き起こした気候変動への対策を議論する舞台がパリであったことは、偶然とはいえ感慨深い。

2.急削減を要する日本

本稿執筆時では、パリ会議の結果がまだ出ていないが、いかなる結論が出ようとも、日本は先進国の一員として、気候変動対策に重い責任がある。本年6月、安倍内閣は、2030年までに13年比で26%の削減を決定している。加えて2050年80%削減という方針をも達成するには、確かに大きな削減が必要で、次のグラフのようになる。

ご覧の通り、1990年から2013年まで日本の排出量そのものは多少の凸凹はあるものの、希望の火灯すか、パリと東京ほとんど変わらなかった。二十数年の間、結局日本は、温室効果ガスを国内で削減することには成功しなかった。他の先進国はこの期間、温室効果ガスをかなり削減しているのに、何故日本は出来なかったかは、きちんとした分析を要する。

私自身の認識を示せば、一つには、日本が1970年~90年の間に、石油危機や厳しい公害規制などに真正面から向き合い、省エネ技術を含む高度な環境対策技術を発展させ、世界に冠たる省エネ大国となった。しかしながら、その後の十数年は過去の成功体験に甘んじてイソップ物語のウサギとカメよろしく日本は油断している間に、省エネ関連技術の開発やその普及を怠ってしまったのだ。

二つ目は、電力を作るのに経済的に安いと考えられていた原子力や石炭火力に依存し過ぎ、再生可能エネルギーの開発を比較的最近まで意図的に怠ってきた。この間、他の主要国(中国・インドなども含めて)は、再生可能エネルギーを大幅に伸ばし、技術も磨いた。

もう一つ、京都議定書にアメリカが参加しなかったことである。温暖化の科学に疑問を呈していたブッシュ政権は、対策を取るとアメリカ経済に悪影響を与えるとして京都議定書から離脱したことに、経団連の主流派を占める電力・鉄などが同調的となり、本気になってCO2等の排出削減に取り組むことを怠ったことである。

理由は何であれ、責任の重い先進国としての遅れを取り戻すとともに国内の企業に投資や技術開発のインセンティブを与えるためにも、温暖化対策戦略を立て直すしかない。しからば、日本は何をすべきか。私は次の政策を早急に取るべきであると主張してきた。①CO2等削減目標と達成方途の明確化。②大気汚染防止法などを活用し、CO2に対する規制基準の設定。これは、火力発電所、セメント工場、製鉄所など固定発生源からはもとより、自動車、航空機、船舶からの排出も規制する必要がある。③各種の経済的手法。特に、排出量取引制度の導入と温暖化対策税の拡充。④温暖化の進行は止められないので、適切な適応策を早めに講じる、の四項目である。

3.頑張っている東京都

産業界からの執拗な抵抗により、国は、温室効果ガスを効果的に削減する対策は取り得ないで来てしまったが、それにも関わらず東京都は、2008年に「環境確保条例」を改正し、その中で大規模事業所に対する温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度の導入に成功した(このあと埼玉県もフォロー)。これは当時の石原知事の強いリーダーシップによるもの。このときも財界は強く反対したが、知事はそれに屈せず、環境と都民の安全を守るため政策を導入した。

その効果とその後の産業構造の変化等も幸いして、東京都の温室効果ガスは大幅に削減されており、エネルギー消費量も2000年度比で2013年には18%削減。この実績に基づき、現舛添知事は、東京五輪のホストシティとしての立場も考慮し、2030年までに東京の温室効果ガス排出量を2000年比で30%の削減、また、エネルギー消費量も38%削減すること、さらに次世代自動車や低燃費車の普及拡大に務めることなどをCOP21 の成功を応援しつつ表明している。国がいろいろな理由により、政策の策定が重くなる一方、自治体が首長の強いリーダーシップの下に突破口が開けるという例をここにも見るのである。

私自身は、パリで今回、人類社会が将来に希望を持てる内容の合意に達し、そしてオリンピックを迎える東京も有効な環境施策を前向きに展開していければ、気候変動時代に希望の火を灯した二大都市となることを心から期待している。