2016年1月号会報 巻頭言「風」より

これからの日本のあり方を想う―パリ協定を受けて

藤村 コノヱ


とても暖かだった今年のお正月、皆様いかがお過ごしでしたか。

昨年末パリで開催されたCOP21は、人類の将来を左右する会議という思いで危機感をもって見守っていましたが、予測以上の成果で閉幕しました。格差の拡大、テロ、紛争、難民の増加などますます混迷を深める世界状況の中で、悪化の一途を辿っている気候変動の克服と人類のこれからに、ほんの少し希望の兆しが見えてきたように感じています。

パリ会議の成果などは本誌で4名の方が述べているのでご覧頂きたいのですが、私たちNPOから見て、特に評価する点は、産業革命前からの世界の平均気温の上昇を1.5℃未満に収めるよう努力する長期目標が設定された点、全ての国は2030年までの温室効果ガス削減目標を自ら設定し達成のための国内対策を国連に提出し5年毎の見直しを義務付けた点、世界全体で今世紀後半には排出量と吸収量とを均衡させ「実質ゼロ」を目指すとした点、これらが確実に達成されるよう世界全体で対策の進捗状況を2023年から5年ごとに点検・評価するとした点です。

とはいえ、日本がこれらを確実に実行し目標を達成するには、これまでの延長の取り組みでは到底不可能で、全てのセクターであらゆる手段を講じなければなりません。かなり徹底した省エネ生活を実践する私でさえも、並大抵な事ではないと改めて実感しています。

それでも、世界が「低炭素」ではなく「脱炭素社会」へと舵を切ったことは、まさに一つの文明の転機です。そのことを私たち一人ひとりが自覚し、最も大切にすべき価値は何か、どんな社会を築いていくのか、そうした価値や社会秩序のもとにどんな技術を開発し経済の仕組みを変えていくかといった根源的なことにまで思いを馳せ、知恵を絞り、変えていくしかないのでしょう。そして究極的には、人間の限りない欲望をいかに良い方向に転換できるかにかかっているように思います。これは、環境文明21が設立以来23年間探求し続けてきたことですが、基本はやはり教育だろうと思います。

しかし、今の日本は“次世代”や“教育”をとても軽視しています。例えば、先日公表されたOECDの調査結果では、日本の2012年のGDPに占める教育機関への公的支出割合は加盟国(比較可能な32か国)中、最下位。特に大学など高等教育では平均69.7%を大きく下回る34.3%でした。直接的には子育て世代に大きな経済的負担がかかることを意味しますが、それ以上に親の経済格差が子どもの学ぶ機会を奪い、夢や能力を潰しかねないことが問題です。今でも六人に一人の子どもが貧困状態にある日本。この国を背負っていく青少年が心身ともに健全に育っていかなければ、社会にとっても大きな損失です。加えて、非正規雇用の若者が増える中、子どもを持っても親として満足な教育を与えることができないと思えば出産をためらうのは当然で、それは少子化に拍車をかけることにもなります。

しかし、平成28年度予算では、文教・科学技術振興予算(5兆3580億円)は防衛予算(5兆541億円)とほぼ同額です。幼児教育は民間任せ、教職員数は削減され、低所得のひとり親世帯への児童扶養手当は月額で最大1万円程度増えるだけ。また大学では軍学共同研究が進められ、文系が軽視されるなど教育への過度な政治介入も進んでいます。経済界や軍事には借金を増やしても税金を投じるのに、なぜ、国の将来を担う“人”や“教育”にもっと公的資金を投じないのか。こうした政権運営が続けば、日本は脱炭素社会どころか、国の存続さえ困難になってしまうのではないかという気がします。

このように家庭や社会の教育力が低下している中で、どのようにして欲望を良い方向に転換し、脱炭素社会の中でも生き抜く知恵、価値観を培っていくのか。そのための教育はどうあるべきか。なかなか難しい課題であり、本来なら次世代も含め国民全体で議論すべきことかもしれません。しかし、その前にまず私たち大人が変わること。特に政治家や企業リーダーは権力やお金への欲望ばかり募らせるのではなく、自らの責務を問い、学び、全うすること。また私たち市民も流され任せるだけでなく独立自尊の気概を持って生き、次に続く若者が夢と希望を持てる社会づくりに着手することが必要ではないでしょうか。時代は異なりますが、まさに、明治初期の危機的状況の中で多くの日本人を勇気づけやる気にさせた『学問のすすめ』です。

本誌でも内藤正明先生は、「真に持続可能な社会へと転換するには、本当に危機を感じて行動する意思のある人たちが、自らの生存を考えた社会(救命ボート)を作ること」と述べています。また原育美さんは熊本をこんな街にしたいと挑戦を続けています。そして、私たち環境文明21も、これまで積み上げてきた日本の伝統文化の中にある持続性の知恵や環境文明社会の姿、その社会を支えるグリーン経済の考え方などをできるだけ多くの人に伝え、新たな道を共に切り拓いていきたいと考えています。

将来に希望が持てない絶望感は日本だけでなく世界中に、そして若者だけでなく大人にも蔓延しています。「生命誌」で有名な中村桂子さんは、「グローバル化とはアメリカに倣え、ではなくglobe=地球を考えること」「地球上には多様な生物が存在するが相手の立場に立てるのは人間だけ」「世界中の人間の祖先は皆同じ」と語っていました。

気候変動を乗り越える一つの希望として採択された「パリ協定」をきっかけに、一人でも多くの人が、「祖先は同じ、だから地球上の全ての人や子どもたちが、安心・安全で心豊かに暮らせる社会を創ろう」と決意し、自らを、社会を変えるために行動すれば、気候変動のみならず貧困や格差、ひいてはテロの撲滅にもつながる、そんなふうに思いたいものです。