2016年8月号会報 巻頭言「風」より

経済の転換を促す賢人たちの主張

加藤 三郎


今回の参議院選では、野党側は、改憲阻止や安保法制の是非を主として強調。一方、与党は、アベノミクスは道半ばではあるものの成果を出しており、さらにこれを強化するとして、成長重視の経済政策を訴えて、両者はほとんど噛み合わぬまま終わった。

私自身は、国際社会が「パリ協定」を今年中には発効させようと強く動いている今、省エネ推進とともに化石燃料から再生可能エネルギーへとシフトするエネルギー・環境政策の真剣な議論を期待していたが、原発再稼動是非問題くらいに留まった。

さて、この参院選の最中、京都大学の佐伯啓思名誉教授は、7月1日付の朝日新聞紙面で、「成長主義の妥当性こそ争点」にすべきと提案した。教授は、まず日本経済停滞の根本的な要因は、人口減少・高齢化社会への移行であり、金融ITによる急激なグローバル化であると、指摘する。そして、停滞からの脱却を目指すならば、少なくとも人口減少・高齢化対策を打ち、金融グローバリズムから距離をとり、市場競争中心の構造改革をやめるべきだとし、次のように主張する。

「日本だけではなく、今日、世界中が先行き不安定で不透明な状態に宙づりにされている。英国のEU離脱をみても、米国の次期大統領候補をみても、中国の先行きを見てもそれは明らかで、この重苦しい不確実性が、個人消費も企業投資も伸び悩む理由のひとつとなっている。

とすれば、無理に、成長、成長といわずに、むしろ低成長を前提にする方が現実的であろう。そして私にはそれが悪いことだとは思われない。(中略)そして低成長経済は、過度な競争社会であってはならないし、グローバル経済に国家の命綱を預けるべき経済ではない。それは、従来の成長主義、効率主義、競争主義という価値観からの転換を要するだろう。その価値観こそが本当は争点とすべきことではないのだろうか。」と。

佐伯教授とほぼ同じ頃、今回のアメリカ大統領選挙で、民主党内で最後までクリントン候補と競い合ったバーニー・サンダース上院議員は6月29日付のニューヨークタイムズに投稿。それを朝日新聞が転載(7月14日付)している。その中でサンダース氏は経済の問題を次のように主張する。

「世界の経済エリートが築き、維持してきたグローバル化の進む経済は、世界中で人々を失望させている。(中略)上位1%の所有する富は、他の99%の人たちの合計よりも多い。大金持ちは想像を絶するぜいたくを味わっているが、何十億にものぼる人々は、悲惨な貧困や失業、そして不十分な医療、教育、住宅、飲み水に耐えている。」と指摘し、「グローバル経済は、米国でも世界でも、大多数の人々の役に立っていない。経済エリートが得をするようにと、彼らが生み出した経済モデルだ。私たち米国人は、真の変革を起こさなければならない。」と言う。さらに、「大企業や富裕層が何兆ドルもの納税を回避する国際スキャンダルには、終止符を打つ。また、地球規模の気候変動と闘い、化石燃料から世界のエネルギーシステムを移行させることで、世界中に何千万人分もの雇用をつくり出す必要もある。」と主張している。

もう一人、パリを拠点に活動している歴史人口学者のエマニュエル・トッド氏の意見を2013年末に京都で開催された国際シンポジウム「グローバル資本主義を超えて」での議論を文春新書『グローバリズムが世界を滅ぼす』に収録されている部分から紹介する。トッド氏は、ほとんどの先進国が、今陥っている困難の具体的な中身は、格差の拡大と危機の恒常化で、これがグローバリゼーションの帰結として、あらゆる国で起こっていると指摘し、次のように述べる。

「どの先進国もこの危機から抜け出せないのはなぜか。自由貿易がこの危機を脱出する唯一の道だ、という意見が強いからです。」と指摘し、さらにトッド氏はグローバリゼーションが持つもうひとつの側面である民主主義の危機にも次のように触れる。

「第二次世界大戦が終結すると、戦後復興ないし経済成長が起こりました。しかし一方、人間のアトム化という社会現象が起こって、個人の孤立化が進行した。社会を構成する個々人が経済的危機に耐えられない、あるいは対応できないような受動的な立場に追いやられてしまった。個人の孤立化が社会の抵抗力を削いだのです。

そうした中でグローバル化が進行した結果、格差が広がり、すでに許容範囲を超えています。それが民主主義の脆弱化を引き起こしているのです。自由貿易を規制する方向で考えていかないと民主主義はますます危機に陥ります。」と。

以上3人の賢人(と私は考える)の経済に係わる最近の意見を紹介した。経済成長主義とグローバリゼーションの二つを経済の混迷の原因と指摘し、さらに民主主義の危機にまで言及しているのが印象的である。

私自身は、地球環境の破壊に立ち向かうためにも日本の経済構造全体の再構築、そしてそれを可能にするための国民の意識・価値観の大変革を伴うような議論が日本中で必要になると繰り返し主張してきた。そして、最早これは政治や行政に任せておけばいいという段階ではなく、私たちNPOを含め、皆で知恵を出し合わなければ、社会が壊れてゆく脅威に耐えられなくなると思うのだ。私としては今後ともこの問題を追及していきたい。