2016年11月号会報 巻頭言「風」より

頑張れ!環境省(その2)

藤村 コノヱ


この会報が届く頃には結果が判明している米国大統領選ですが、選挙戦では両者の意見が大きく異なる気候変動に関する政策論争なども殆どなく、米国民さえもうんざりする罵倒合戦でした。一方国内でも一強多弱の政権下、本質的な政策論争がないままに重要案件が可決され、地方議会では金銭にまつわる不祥事が多発するなど、政治、民主主義の荒廃が深刻です。

一方、日本国民の環境意識は低下傾向にあります。本年7月~8月にかけて、内閣府が行った「地球温暖化に関する世論調査」では、地球環境問題に対する関心が、前回(平成19年)の92.3%と比較して87.2%とやや減少。パリ協定の認知度は「内容も知っている」(7.0%)、「聞いたことがある」(52.6%)を合わせて59.6%です。また旭硝子財団が毎年行う「地球環境問題と人類の存続に関するアンケート」は、危機意識を時間で表わすのですが(タイムリミットは24時)、世界平均は、2006年は21時17分、2015年は21時27分、2016年は21時31分と徐々に危機感が高まっているのに対して、日本は各々、21時15分、21時09分、21時03分と年々薄れています。

11月4日にパリ協定が発効するのを機に、全世界の国民も政府も企業も一丸となって脱炭素社会に向け、産業やエネルギー構造の転換、経済・社会システムの見直し、暮らし方や価値の転換など、あらゆることが求められますが、政治も企業も人々の危機意識も不十分なのが今の日本の状況です。

勿論、環境省も手をこまねいているわけではなく、様々な施策を展開していますが、その方法や効果には疑問もあります。

例えば、家庭・業務など民生部門での取組強化のために“クール・チョイス”を旗印に、低炭素製品への買替、低炭素サービス(公共交通利用やカーシェアなど)や低炭素アクションの選択を呼び掛けています。LEDやエアコンなど省エネ製品に買い替えれば、CO2も減り企業にもメリットがあります。実際私も数年前エアコンと冷蔵庫を10年ぶりに買い替えたら、CO2は前年比で25%削減できました。しかし、全国民が、しかも頻繁に買い替えることはできません。また低炭素サービスやアクションを選択しても、実質的メリットを感じる人は少ないと思います。

 

環境心理学で知られる広瀬幸雄先生は、『環境行動の社会心理学』(2008年、北大路書房)の中で、①環境問題の深刻さ・リスク、②自らの責任、③行動により問題解決できる、という3つを認知することが第一段階。しかし実際の行動による便益とコスト(便益費用評価)、地域社会など準拠集団からの期待や圧力(社会規範評価)、行動実行に関する制約や容易さ(実行可能性評価)が不十分だと行動には至らない旨述べています。

気候変動への関心はやや低下したとはいえ、依然高く、責任感も強い日本人が行動に至らない要因は、やっても効果が見えず得するわけでもなく、地域社会や企業内で期待されもせず、やろうと思っても選択肢が少ないなど、様々な制約があるためとも考えられます。実際電気やガス料金などは、大量に使う人が得する料金設定で、省エネしても経済的メリットはあまりなく、バスや電車が数時間に一本では車をやめるには制約が多すぎ、再エネ発電に変えたくても選択肢はわずかです。

省エネが脱炭素社会への第一歩であるなら、まずは最も効果的と言われる料金設定の見直しや、炭素税など本格的な税の導入など経済的インセンティブを働かせるべきです。これは“効果の見える化”にもなり、公平性の議論にもかない、脱炭素化に向け挑戦する企業にとっても望むところです。また民生部門からのCO2排出量の約半分が電気であることを考えれば、その電源を全て再生可能エネルギーに変える強力な政策を率先して進めることも大切です。

また国民の意識を高め行動を促すための環境教育や広報も、従来の大手広告代理店任せのやり方では限界があります。行動に至らない要因を分析し、前述したような努力が報われる仕組みや実行を躊躇させる障害を除く個別政策と併せた内容で行うべきです。

さらに、住民に最も近い地方自治体とNPOの連携を促進することも大切です。現状では実効性ある施策を行う自治体は数少なく、地方議会も気候変動への関心は低いようです。人手と認識は不足するけれど権限を持つ自治体と、専門性と熱意はあるけれど影響力の乏しいNPOが連携すること、そして計画策定段階から実施に至る過程で多様な市民を巻き込むことで、食やエネルギーの地産地消、ひいては脱炭素社会と民主主義の原点である「自治」の再生にもつながっていくと思います。

「今世紀後半には温室効果ガス排出を実質ゼロにする」という目標は、できるできないの問題ではなく、人類存続のための【絶対目標】です。「今できることをやる」といった従来のやり方から脱却し、目標に向け戦略的に進めるバックキャスティング手法に、政府も企業も転換することを求めたのがパリ協定だと思います。

環境省が「長期低炭素ビジョン」策定にあたり実施しているヒアリングを数回傍聴しましたが、専門家からの技術的、経済的政策のアイデアは目白押しです。炭素税議論も十分に蓄積されているはずです。短期的経済最優先の現政権を動かすのは並大抵ではありませんし、様々な制約や圧力もあるでしょう(2015年3月号参照)。しかし、環境省は、自治体、私たちNPO、そして頑張る企業と良識ある国民の声に耳を傾け、味方につけ、多様な人々から出されたアイデアを実現していくしか、その使命を果たすことも、パリ協定を実現させることもできないと強く思います。