2017年3月号会報 巻頭言「風」より

次世代に誇れる長期ビジョンを!

藤村 コノヱ


パリ協定発効を機に、現在環境省では、2050年を目指す「長期低炭素ビジョン」を作成している。2月から中環審臨時委員になったこともあり、地球環境部会に参加し、関連小委員会を傍聴しているが、内容や会議の進行に関して感じることも多々ある。

2月10日開催の部会では、素案の検討が行われた。資料も充実し環境省の努力も見られ環境派からは大方の支持を得たが、産業界の委員からは、国内対策が大前提ではない、2050年80%削減は絶対ではなく柔軟性を持った記述にすべき、「パリ協定による長期にわたる継続的な投資が必要とされる気候変動対策はいわば“約束された市場”」という書き方は誤解を生じる、炭素税導入などは企業の海外流出を招く等々相変わらずの短期的経済重視の視点からの後ろ向きな発言が目立った。

私自身はNPOとして、①長期ビジョンとして、科学的知見を基盤にすることと併せて、予防原則も含め「将来世代につけを残さない、より健全な環境を残すためのビジョン」とする、②危機感と脱炭素社会への転換の必要性を強調する、③2050年、産業構造や豊かさの価値も変わる中で経済成長ありきのビジョンではなく経済の量から質への転換を強調する、④ビジョンを支える国民や自治体の理解を得るための記述を増やす、⑤環境省の姿勢や覚悟を明示した上で2030年目標として、カーボンプライシングなど確実にやるべきことの道筋を示す、⑥経済的手法だけでなく規制の早期検討を明確に打ち出す等の意見を述べた。

一方、部会に参加し小委員会を傍聴する中で、環境政策形成過程には様々な課題があることを改めて実感した。勿論NPOをこうした場に参加させようとする環境省の前向きな姿勢は評価しているが、運営方法にはまだ改善の余地があるように思う。

その一つは、こうした場が委員の意見表明の場となり意見交換が殆どないことである。しかも多様な意見を聞くということで、結果的に委員数が増え、約2時間の会議で一人の発言時間は3-5分程度に限られる。

審議会が意見交換ではなく、環境省案に対し意見を述べる場という位置づけであれば致し方ないと思うものの、立場も方向性も異なる意見を、誰が、いつ、どこで調整し合意を図り取りまとめるのか、という疑問は残る。

過去から延々と続く環境派vs産業界の色彩が濃い気候変動問題だが、今回の長期ビジョンはそうした対立を乗り越え、持続可能な脱炭素社会を作るためのものであるはずなのに、互いの言い分を述べるだけでは従来と変わりない。勿論多様な意見の集約は困難だろう。しかし、対立する者同士が意見を交わし、真意を知り、合意できる点とできない点を明確にする過程こそが壁を越える一歩であろうし、少なくとも、従来のように双方の意見を聞き環境省と審議会会長(座長)との協議でまとめるという方法より、有効な政策が生まれ、次につながる可能性は高いように思う。

好事例として、排出量取引導入に成功しCO2削減効果を出している東京都の例がある。都は2007年、温暖化対策をより進めるために環境確保条例改正に着手。改正案作成も審議も行政主導で行われたが、立案の早期段階から専門性や先端情報を持つ環境NPOから多くの情報や知恵を借り、審議会では専門家として環境NPOを参加させた。今回のビジョン策定でも、ここまでは同様である。

しかし都は、“排出量取引制度導入”という明確な方向を示した上で、審議会は専門家による政策審議の場とし、これとは別に利害関係者が意見交換する場としてステークホルダー・ミーティング(SM)を設けた。その理由は、産業界の説得にあたって都vs産業界の構図で失敗した経験があるためだ。そこで都は、「裏で調整はせず全てオープンに」を原則に、SMでの議論を通じて産業界への反論と説得に努めたという。都は、学識者や環境NPOの助言をもとに説得の理論的準備はしていたが、SMという公開の場での環境NPOの専門性と利害にとらわれない公平な立場からの発言が、機運を醸成する上で非常に効果的だったという。勿論東京都には、温暖化政策に消極的な鉄鋼・電力などエネルギー多消費産業が少ないことも幸いしたようだが、政策審議と利害調整を切り分け、数回のSMの開催により政策形成過程を透明化した点は、国とは異なり、改正に成功した大きな要因と言えよう。

3月1日のビジョン策定小委員会後半では、環境派と産業界委員の間でのやり取りが僅かだが見られた。そして、こうしたやり取りを聞くことで、少なくとも聴衆の考えは深まり的確な判断が可能になると感じたし、この過程が望ましい環境教育・市民参加の場であり、効果的な環境政策を生みだす有効な手法だと改めて実感した次第である。

防衛や外交などと異なり、「環境」は私たちの生命や社会経済活動に関わることで、その政策作りには多くのステークホルダーの関与が重要という思いは、私たちの提案で環境教育等促進法が成立した時から、一貫して私の中にある。それをテーマに博士論文にまとめ、事ある毎にそれを訴え、NPOも含め政策提言できる市民の育成が必須との考えから、各地で市民・NPOによる政策提言活動を支援してきたのも、その思いによる。

脱炭素社会への道のりは厳しい。しかし次世代に健全な命の基盤-環境を残すために、SMのような手法も積極的に取り入れ、政策形成過程も改善しながら、子ども達にも誇れる政策作りを進めることが大切だと思う。