2017年4月号会報 巻頭言「風」より

“炭素税は経済にプラス”―スティグリッツ教授の主張

加藤 三郎


先日、都内でコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授の講演を聴いた。スティグリッツ教授はノーベル経済学賞を受賞した著名な学者であるが、どんな人か知らない人も多いかと思う。実は私自身も5年前、彼の著作『世界の99%を貧困にする経済(原題は“The price of inequality”)』を読むまでは、名前も存じ上げなかった。経済学徒ではない私にとって、この本は難解な部分もあったが、今日のアメリカおよび世界が抱えている経済問題を明解に語ってくれているので、繰り返し3度も読んでしまった。

この本にはどんなことが書かれているか、400ページ近い分厚い本なので、簡単に要約することは出来ないが、この本の裏扉に、「大衆を食いものにして、何の責任も取らず、富をむさぼる上流層。その手口は、政治・経済のルールを自分たちに都合よく作り上げ、それがすべての人々の利益になると大衆に信じ込ませるものだった。アメリカ、ヨーロッパ、そして日本で拡大しつつある「不平等」の仕組みを解き明かし、万人に報いる経済システムの構築を提言する」と書いてある。

スティグリッツ教授は、「行動する経済学者」とも呼ばれるように幅広い経験を持っている。クリントン政権の経済諮問委員会委員長の後、世銀のチーフエコノミスト。2011年秋に、ニューヨーク市に突然出現した市民、学生らによる「ウォール街を占拠せよ」や「99%運動」の理論的支柱にもなっている。そのスティグリッツ氏が東京での講演で語った、私にとって特に重要だと思われる点を二つほど、紹介しておきたい。

まず、スティグリッツ氏は、気候変動が緊急の課題であり、パリ協定に示された昇温抑制目標の2℃ないし1.5℃は、本物の脅威を反映したものだと述べる。CO2排出を減らさなければ、経済、社会、環境面へ巨大な被害をもたらす。このような脅威に対応するには、経済活動を支えているエネルギーシステム、具体的には、発電、工業プロセス、交通システム、エネルギー消費について、大規模な転換が必要であると主張する。

このような転換を促すために何が必要かというと、教授は、よく練られた炭素税こそが、排出削減の効率よい対応策として不可欠であり、大多数のエコノミストも、炭素の価格付けがCO2などの排出削減を促す最良の方法だと合意していると述べる。

しからば、なぜ炭素税は特に良い方法なのだろうか。それは、公平な分配を効率よく促し、同時に経済の成長を強めるものだと主張する。具体的には、企業や家庭にとって排出を削減するインセンティブとなり、また社会のイノベーションのためにもインセンティブになるが、特に日本にとっては、将来の経済成長のベースとなり得ると主張する。

炭素税という形で炭素に価格付けをすれば、気候変動などの外部不経済をもたらした市場の失敗に直接対応することが出来るとも言う。税収は様々な目的のために使うことが出来るが、特に炭素税収があれば、他の税を低くすることが出来、グリーン経済に必要な研究開発投資を促し、平等を促すという。

特に需要が減退している日本においては、消費税のような税は、総需要をさらに減退させるが、炭素税は他の税とは異なり、投資を促し余剰が出てくるという。日本は、四半世紀に亘って、総需要の欠乏によって経済の成長が鈍化した。多くの国にとっては、炭素税は、インフレ効果があると心配されているが、日本においてはむしろ逆で、マクロエコノミーの利点が増加すると教授は主張する。

もとより炭素税は、慎重に設計されねばならないが、パリ合意で許される温度上昇に見合ったものでなければならない。そのような税を設定すれば、消費などの低炭素経済活動などにプラスの影響を与え、技術の進歩を促し、そのことが将来の気候変動対策のコストを引き下げることに繋がるという。また、炭素税のない国と貿易する場合には、輸入品に関税をかけることによって、公平を保つことが出来るという。

教授の講演の中で、もう一つ興味深かった点は、GDPは経済を測る指標として良くないと改めて強調している点だ。この問題については、昔から多くの経済学者はGNP/GDPは一国の経済状況を正しく反映していないと主張していたが、社会の持続性が危うくなるのを前にして、スティグリッツ教授も「グリーンGDP」に変えるべきと主張。その理由として、従来のGDPは資源の枯渇や環境上の悪化を反映しておらず、さらに環境や社会、経済に関わる持続可能性も反映していない。また、所得の配分も反映していないと述べる。従って、経済の真の成長を評価する場合には、通常のGDPを使うべきではなく、グリーンGDPを指標とすべきだと述べている。

ちなみに、講演の中で教授は「グリーン経済」とは、経済のために取った政策が環境にも良く、環境のために取った政策が経済にもいいという状態と説明したが、それはまさに環境文明21が、10年以上前から主張していることと全く一致するので、聞いていて、我が意を得た思いがした。

このように教授は、炭素税は強いグリーン経済を作り出し、総需要も増加させ、環境も改善し、分配の効率を進め、社会で望まれる様々な目的に使い得る税収を生み出すものだと述べて、興味深い講演を締めくくった。この主張をわが国の政策にも反映させたいものだ。