2017年5月号会報 巻頭言「風」より

国を挙げて、「教育」の再構築を

藤村 コノヱ


春は入学など、子どもや青少年の新たな旅立ちの時です。新しい環境、新しい友達、新しい学び。私たちから見れば、何もかもが羨ましいことばかりに思えますが、環境の悪化、テロや戦乱、格差、政治の混乱など現代社会の状況を思うと、私たちの子ども時代とは異なり、夢や希望が持ちにくい社会になっているのかもしれません。

その一方で、「パリ協定」が発効し、「脱炭素社会」という未知の世界へと人類社会が舵を切ったこの時代は、「困難」はあっても、「挑戦」することが盛り沢山というワクワクする時代という考え方もあるように思います。

そんな中、最近、自民党内でも教育に関する様々な議論がなされているようです。例えば、「幼児から大学までの教育を無償化する」という案や、「給付型の奨学金」、「こども保険」などの案が浮上しているようです。

しかし、1948年の国会において「基本的人権を無視する内容」として排除・失効確認の決議が採択された「教育勅語」について、現政権は、3月末に、「憲法や教育基本法に反しない形で教材として使用を認める」という閣議決定を行いました。また中学で教える武道として銃剣道を新たな指導要領に加え、道徳も、小学校では2018年度、中学校では2019年から教科化され、これにより、検定教科書が導入され、子どもたちへの評価が行われることになります(多様な価値観をどう評価するのか甚だ疑問ですが)。

前段の無償化や給付型奨学金などは、一見すると次世代に向けた素晴らしい政策に見えますが、実はその背後には様々な思惑があるようです。例えば、無償化に関しては、国民の理解が得やすく、ひいては憲法改正につなげられるのではといった思惑。また「給付型奨学金」同様、無償化に係る4兆円を超える財源も「国債」で、という話も出ています。今でさえ1000兆円を超える国の借金に、さらに上乗せすることは、たとえ教育のためとはいえ、持続的とは思えません。

また後段の教育勅語に関しては、既に憲法違反という指摘もあり、銃剣道や道徳の教科化と併せ考えると、「戦前回帰」と批判されるのも当然だと思います。

こうしたことに加え、大学の軍事研究費問題もあります。2017年度の防衛省予算案に、大学などの研究機関を対象にした研究費として、昨年の6億円から大幅に増額された110億円が盛り込まれました。また、2008年から2016年までの9年間で日本の大学などの学術界に、総額9億円近くもの研究助成が米軍から提供されていることも報じられています。

これに対して、日本学術会議では慎重な姿勢が大勢を占めているようですが、大学や研究機関は独立法人化に伴い、厳しい財政下にあることを考えると、今後の動きが心配です。

いずれにせよ、現政権支持の一部保守層に対する人気取りや9条改憲のために、教育や子どもを政争の道具にしないでほしいとの思いが募りますし、この政権がどのような国を目指し、どのような人間を育てようとしているかが見えて、不安な気持ちになります。

とはいえ、「安心・安全で皆が心豊かに暮らせる持続可能な社会」を築くのは、「人」です。まして、「パリ協定」の発効により、世界は、人類社会の危機を乗り越えるため、化石燃料に依存した現代文明から脱却し、「脱炭素社会」へと歩き始めたわけで、その実現に向けては、「地球の有限性」を基本認識に、制度、産業構造や社会・経済システム、技術、さらに暮らし方や価値の転換など、まさに文明の大転換が求められています。そのためには、ベースとなる「人」づくり、すなわち、教育の重要性を認識し、その方向性や手立てについて、国を挙げて議論し推進していくことが喫緊の課題ではないでしょうか。

文明開化という新たな時代を迎えた明治4年、文部省が設置され、欧米の学校制度を大いに学び、翌年学制が頒布されました。この時期、1000人とも2000人ともいわれる外国人教師を招聘し、各省庁のエリート養成という専門教育を手始めに、日本の教育の近代化が進められました。緊縮財政で外貨も殆どない時代、これら外国人の給与は200円~600円で高給取りの中学校校長の20~60倍にもなったそうです。西洋の専門学術を取り入れるために国を挙げて教育に投資し、それが日本の近代化の基盤となったと言えます。

しかし、昨今の日本では教育は当たり前になり、教育への公的投資はOECDの中でずっと最下位近くです。また、英国の総合学術雑誌「ネイチャー」に収録される高品質な科学論文の日本からの割合がここ数年で激減し論文発表の絶対数も減少、という報告からも伺われるように、非正規研究者の急増や研究費削減により、日本の学際的地位も低下しています。

多くの人が将来に不安を抱き、拠り所となる価値観も見失いつつある現在。しかし、人類社会を存続させるために大きな転換が求められる現在。「人」が政治や経済活動を行い、技術を生み、暮らしや文化を造り、そして社会が創られていく。そうした原点に立ち戻り、様々な資源を投入し、国を挙げてこれからの日本の基盤となる「(持続可能な社会に向けた)教育」を再構築する「時」だと思うのです。