2017年6月号会報 巻頭言「風」より

「脱炭素社会」とはどんな社会?

加藤 三郎


1.「トランプ撹乱」にめげるな、パリ協定

トランプ氏がアメリカの大統領に就任して以来、彼の一挙手一投足を注視している人は各方面に多いのではないだろうか。私にとっては、彼の環境政策、特に気候変動対策についての言動が気になるが、それは「パリ協定」の円滑な実施を切望しているからだ。

「パリ協定」の狙いは、気候の破滅的な異変を、せめてコントロール可能な状態にしようとするもの。そのために人類社会は「脱炭素社会」に向かわねばならないが、その協定が発効した数日後に気候変動問題に関しても、無責任な言動を繰り返していたトランプ氏が大統領に就任したのが、トラブルの発端だ。

トランプ氏は1月20日の就任演説では、この問題には一切触れなかったが、3月の末に、オバマ前政権が積み上げてきた気候変動対策を否定する内容の大統領令に署名している。それに先立ち、米政府内でこの問題を扱う環境保護庁やエネルギー省の各長官には、気候変動問題にネガティブな言動を続けてきた人物を据えている。6月2日、ついにトランプ大統領はパリ協定を離脱すると表明したが、それ以前からの人事布陣を見ると、アメリカの気候変動対策の後退、そして、それが世界に与える悪影響が憂慮されている。

トランプ政権が、パリ協定に積極的に関与しなくなれば、例えば、気候変動に苦しむ途上国への資金援助、国内での調査研究予算の大幅削減などを通じて、気候変動対策に極めてネガティブな影響を与え得るからだ。

しかしながら、アメリカの社会はもちろん、ヤワではない。研究者たちは公然とトランプ政権の気候変動対策に抗議する動きを見せており、特に4月22日のアースデイには、ワシントンをはじめ全米各地で「科学のための行進」を大々的に行い、沢山の科学者や研究者がこれに参加している。このような科学者たちの行動に加え、自治体の中にもトランプ政権の政策に抗議し、ニューヨーク州、カリフォルニア州など24の自治体が、大統領令の撤回を求めて訴訟を起こしている。加えて、アメリカの大企業は競って気候変動対策を取り始めている。最近よく耳にするのは、自社が使う電力を全て再生可能エネルギーにするRE100と言われる運動だ。

何故、このような動きが出ているのだろうか。それはパリ協定の策定過程を通して、温室効果ガスを沢山出す国も出さない国も一丸となって対策をしなければ人類社会を危機に陥れる気候変動に対処し得ないという、科学と現実に支えられた認識をほとんど全ての国が共有したことによろう。だから、トランプ撹乱に負けるわけにはいかないのだ。

 

2.持続可能な社会こそ「脱炭素社会」

ところで、「パリ協定」が求める脱炭素社会とは、どんな社会だろうか。

「脱炭素」は「脱化石燃料」である。しかし、現在は、車も飛行機も工場も照明も冷暖房も、そのエネルギー源のほとんどを供給しているのは化石燃料だ。この衣を脱ぎ捨てるのは簡単なことではない。

パリ協定はCO2などの排出を少なくしていき、吸収量に合わせろと言っている。しかし、その吸収源は、森林、土壌、海洋で、吸収の余地を増やすのは難しい。例えば、森林面積を増やそうにも、食糧増産の必要性との絡みで限定される。このような社会をつくるためには、我々が依存している技術体系、経済政策、政治、あるいは教育などを転換しなければ、「脱炭素社会」もまた見えて来ない。

私たちは、24年前にこの会を設立したときから、持続可能な社会とはどんな社会なのかずっと探求している。4年前に出版した『生き残りへの選択―持続可能な環境文明社会の構築に向けて』の中で、持続可能な社会とは、我々が生きている今日の社会とどう違うのかをまとめているので、その基本的な考え方を述べておこう。

まず、持続可能な社会を支える基本的な価値とは、「経済成長を至上と考え、効率をやたらに求める」現在とは違う。まず、地球環境の有限性をしっかりと認識した上で、次世代以降に向けた長期的視点を常に持ち、持続性を最大限尊重することが土台となっている。社会を動かすエネルギーは、化石燃料と原子力に大きく依存している現在とは違い、再生可能エネルギーを柱とする。

そうするためには、経済拡大を最重視する政治ではとても駄目で、将来世代の声を充分に反映する民主政治であり、環境を守ることを主軸に据えた政治に変える必要がある。また、現在の政治は、中央集権が主体となっているが、地域主権の大事さも取り戻したい。

現在の経済はグローバルな自由競争市場が中心的で、それが格差や貧困など様々なひずみをもたらしているのに対し、持続可能な社会においては、グローバル経済も一定の役割は担うものの、ローカル経済との共存を意識的、積極的に取り入れる必要がある。

さらに技術については、経済や効率重視の評価から、生態環境の保全と人間の尊厳を守ることに重点を置き、その観点から技術アセスメントもしっかりやらねばならない。

そのためには、持続可能な社会にどうやってシフトしていけるのか、我々市民は何をすべきか、さらには行政や企業は何をすべきかについて、しっかりとした見取り図も必要だ。

当会は、その観点からの検討を「脱炭素」部会の活動を通じて始めている。ご関心のある方は今からでも参加していただきたい。