2018年9月号会報 巻頭言「風」より

炭素税の議論は広く国民とともに!

藤村 コノヱ


7月の西日本豪雨、全国的な酷暑など今年も異常気象により、多くの人々の生命・財産が失われ危険にさらされた。国内だけではな い。米国カリフォルニアやスウェーデンでは乾燥と熱波による山火事が深刻な事態を引き起こしている。

ずっと以前から私たちが猛暑や異常気象のたびに、「これは序の口」と言ってきた温暖化が、ついに「地獄の窯が開いた」状態になってしまったようだ。

そんな中、中央環境審議会地球環境部会のもとに、「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」が設けられ議論が始まった。ご存知の通り、カーボンプライシングとは、炭素の排出に対して価格をつけることで全ての人に温室効果ガスのコストを意識してもらい、CO2削減につなげることを目指す経済的手法の一つ。最近は主に炭素税と排出量取引が注目されている。世界的には、排出量取引は1970年代米国で大気汚染物質排出抑制策として導入されている。炭素税は1990年フィンランドで導入されたのを皮切りに、スウェーデンなど北欧、英国、フランス、カナダのいくつかの州などで導入され、2017年時点では42の国と25の地域で導入されている。日本でもこの類の検討は随分前から進められ、2012年から地球温暖化対策税として導入されたが、その税率が世界的に見てとても低い(CO2排出量1t当たり289円)ことから、パリ協定の目標の確実な実現には、本格的な炭素税が不可欠ということで、最近また議論が活発化している。

ただ、上記小委員会委員の多くは地球環境部会の一部委員と、3月に取りまとめられた「カーボンプライシングのあり方に関する検 討会」の一部委員で、以前とあまり変化のない顔ぶれで、これまでとは異なる議論ができるのか?具体的方策が出てくるのか?と、疑 問視する向きも多く、私もその一人である。

実はこの小委員会開催の是非について、地球環境部会委員にも意見を求められ、私も、「専門家の議論はもう十分に尽くされており、実質的に税金を払う市民も巻き込み実効性ある国民的議論にしていく時期である」旨の意見書を提出した。その理由はいくつかある。

一つには、専門家の議論は数十年も前から延々と続けられ、そのたびに産業界の反対で実現していないことを考えれば、専門家と産業界委員(経団連や鉄鋼、電力など)といった同じようなメンバーで議論を繰り返しても、結論は出ないのではないかということ。

二つ目は、既に世界では炭素税などの導入によりCO2削減と経済の安定化に成功している国がいくつもあること。例えば、1991年に炭素税を導入したスウェーデンでは税率は約16,000円(2017年時点)と世界で最も高い。それでも、産業界に対する税率など様々な工夫の結果、1990年比で、2015年にはGDPは69%増加した一方でCO2排出量は25%削減したという。

三つ目は、温暖化への関心や義務感・責任感の強い人は既に省エネに取り組んでおり、そうではない残りの人たちを動かすには、自らの暮らしと気候変動をつなげる情報提供とあわせて、「損得」すなわち「頑張った人が報われる経済的な仕組み」しかないという現実的な思いである。

さらに日本の産業界ひいては経済活動の今後を思えば、この問題に常に消極的な鉄鋼・電力・化学といった旧態依然とした一部業界の声より、先進的に脱炭素化に取り組む元気な中小企業の声を重視し、味方につけるべきという思いである。大企業のトップは数年で交代するため短期的利益を重視するが、中小企業のトップはほぼ生涯をかけ、従業員を雇用し続けること、すなわち会社の持続性を重視する。このことは、当会が中小企業経営者を対象に10年継続してやってきた「環境力大賞」受賞者の話からも明らかである。脱炭素社会に向け、産業構造の転換が求められる昨今、ある程度の時間と忍耐を要するこの取組を誰と組んで行うことが賢明か、答えは出ている。

勿論、私を含め誰しもが炭素税に限らず税金は好まない。また、特に日本人は新たな税金の導入には強く反対するが、一旦決まれば、それが何に使われているか無関心な人が多い。それは税金が本当に全ての国民の幸福や持続的な暮らし・社会のために使われているという実感、本当に困った時に頼りになるという実感が持てないからではないか、そして税の使い道に注文をつけても無駄という意識もあるからではなかろうか。

しかし、炭素税が国民の幸福や社会の持続性のために使われているという実感が持てる使われ方であれば、そして公平・公正な税率であれば、国民の賛同は得られるように思う。そのためにも、どのような税率・徴収方法、どのような使途が望ましいのかの議論を国民の間でも繰り返し行ない、炭素税の意義を理解してもらい、その後の使われ方にも関心をもってもらうことが大切ではなかろうか。手間隙かかる方法だが、少なくとも、官僚や専門家だけの意見より、具体的な意見が出てくるだろうし、それと専門家の意見をあわせることで実効性は高まってくるはずだ。そして、何より環境・持続性政策の支援者の輪が広がっていくように思う。

7月末に開催されたグリーン連合と環境省との意見交換会でも、環境省や自治体、専門家と私たちNPOが連携して、炭素税について 広報し、その使途などを話し合うタウンミーティングの共同開催を提案した。一年前の意見交換会でも同様の意見を出したが、その時 は環境省側から「国民的議論にするには時期が早い。もう少し専門家で」との回答だった。しかし今回、環境省側から「来年の税制改革では是非炭素税を」という力強い意見も聞けた。第二回までの小委員会の議論を聴く限りでは、期待薄の感は否めないが、炭素税賛同者を増やすために、そして何より、国民の生命・財産を守り、将来世代にこれ以上のツケを残さないために、良識ある国民や勇気ある企業を味方にして、早急に実効性ある対策を実施に移すべきだと思う。