2019年10月号会報 巻頭言「風」より

「パリ協定」採択から4年:一進一退の世界

加藤 三郎


今からほぼ4年前、画期的なパリ協定が採択された。その意味は、人類社会が気候異変のために重大な危機に陥るのを避けられるよう、あらゆる対策を早急に講じるための法的枠組みがやっとできたということだ。これまで経済発展のために使い続けてきた化石燃料から脱却し、再生可能エネルギーを中心にした新しいエネルギー体系の下で、社会・経済システムの大転換を行うことを国際社会が合意したのだ。今から考えても、このような厳しい協定にすべての参加国がよくぞ賛成したものよと思う。すでに荒れ狂っていた気候異変による様々な悪影響により、根本的な社会変革を伴う協定に、国際社会が一丸となって同意せざるを得ない状況に追い込まれていたからと思われる。改めてこの間の変化を私なりに振り返ってみたい。

1.一進一退

この4年間、様々な変化が起こっているが、まずプラスの面は、一つにはパリ協定を批准した国が187となったこと。国連加盟国が193であることを考えると、圧倒的多数の国がこの厳しい協定に合意したことを示すからである。

  

二つ目は、パリ協定の締結時に、専門家集団であるIPCCに求めた「1.5℃特別報告書」が昨年10月に公表されたことである。この報告書については、本誌昨年12月号で紹介しているが、一言でいえば、早ければ2030年、つまり今から10年後には1.5℃に到達してしまう可能性があり、CO2排出量を2010年比で約45%削減する必要があることを指摘した。そのためには、エネルギーはもとより、産業、交通、都市、住宅などあらゆるものを大きく転換しなければならないと明言している。脱炭素社会に向けて今後の進むべき道のりがより明確になった。

このような中にあって、世界中の企業、市民団体、メディアなどが、気候変動問題にいよいよ本腰を据えて取り組み始め、また主要国の政治指導者が、気候変動政策の重要性を声高に強調するようになっている。パリ協定のホスト国であるフランスのマクロン大統領はその一人だし、ヨーロッパでは、環境を重視する緑の党が選挙や世論調査上で大きく躍進しているのも注目に値する。

もう一つ、多分最も重要なのは、「グレタ・トゥーンベリ効果」ともいうべき一連の動きである。スウェーデンの15才の少女であったグレタさんが、たった一人で、大人たちに対し気候危機へのより強力な対策を求めて始めた行動が、今や世界中の若者たちを中心に、大きな、大きな波を作り出し、そのうねりは日本にも及んでいる。

一方、この4年間に後退した点は、まずトランプ政権がパリ協定からの離脱を表明し、その後も一貫して、極めて後ろ向きの姿勢を維持していることだ(但し、アメリカ社会全体は、自治体、企業、市民団体、科学者などが色々な形でポジティブな役割を果たしている)。 本年1月にブラジルでボルソナロ大統領が就任したが、ブラジルのトランプと呼ばれるだけあって、温暖化対策には極めて後ろ向き。今年に入ってはアマゾンの熱帯雨林の大火災にも関係していると国内外から非難を浴びているが、ボルソナロ氏は意に介せず、反気候変動対策の立場を維持している。

これら二つの政権のためだけではないが、世界中の温室効果ガスの排出量はこれまでのところ増加しており、大気中のCO2濃度も上昇を続けている。その結果、世界中で異常気象はますます燃え盛り、深刻化の一途を辿っている。国連のグテーレス事務総長も「温暖化とのレースに負けつつある」と語った由である。

日本でもこのところ毎年夏には大雨や暴風雨が吹き荒れ、至る所に気象災害の傷跡を残している。人命も失われているが、同時に膨大な経済的・財政的損失が発生している。これまでのところ国も自治体も企業も個人も何とか持ちこたえているが、このような大災害が日本列島のどこかで毎年繰り返されれば、低成長で少子高齢化の進む日本で立ち上がれないほどの痛手になるのではと恐れる。安倍首相は、国民の生命と財産、生活を護るのが政府の責務だと繰り返し述べているが、軍事面での安全保障だけでなく、気候危機がもたらす災害から人命や生活を護るためにこそ、果たしてもらいたい政府の責務だ。これまでのところは、安倍政権は石炭火力発電を擁護するなど、化石燃料依存体質を脱け出すために不可欠な政策(炭素税、排出量取引)は、エネルギー多消費業界からの圧力に負けてか、採ろうとしていない。

2.希望無きにしも非ず

パリ協定の実現には、大幅な社会転換が不可欠なために世界中が大揺れの中にあるが、それでも最近の動きを見ると、希望もいくつか垣間見られる。その根拠は、気候異変の脅威を直視してまず自治体、企業、メディアを中心に、本格的な気候変動対策の取組みが見え始めたこと。二つ目は、グレタ効果で日本でも少数ながら若者が本気で立ち上がり始めたこと。三つ目は、遅れに遅れていた日本の政界でも、今回の安倍改造内閣で小泉進次郎環境大臣が誕生したことである。もちろん、実際彼に何が出来るかはまったくの未知数だが、就任後の言動、例えば「環境省は環境のことばかりと思っていたが違った。SDGs担当省、そして社会変革担当省だ。世界の首脳同士の共通言語はSDGsや気候変動だが、日本では扱いが小さすぎる。私はこのギャップを埋めたい。」には、これまで新大臣の就任の弁との違いを感じる。彼が、日本の本来の政策を本気で取り戻し、世界の最先端と並進させる力があるかどうかを、私は一縷の希望を持ちながら注視し続けていきたい。