2019年11月号会報 巻頭言「風」より

「ツケ」と「搾取」はいい加減やめよう!

藤村 コノヱ


先月号では、グレタさんはじめ世界中の若者たちが、気候変動の危機に対して行動を始めたことを紹介しました。TVや各種メディアでも大きく取り上げられたのでご存知の方も多いと思いますが、彼ら彼女たちの主張は、自分たちの未来が失われようとしているのに、世界のリーダーたちは何も行動を起こさず、目先の経済のことばかり議論しているというもので、まさに大人たちへの怒りの行動です。

実際、私たち大人は、あくなき成長への欲望のために、次世代に大きなツケを残しているだけでなく、次世代が生活し経済活動を行うのに必要な資源や権利さえも奪っているのが現状です。

例えば、気候変動の元凶であるCO2については、IPCCの報告によると、人間社会が危機的状況に陥ると言われる2℃上昇をもたらすCO2累積排出量は2.9兆トン。ところが1870年以降すでに約1.9兆トン排出しており、2℃に抑えるには、あと1兆トンしかCO2を排出できないという状況です。しかし今なお世界で毎年500億トンのCO2が排出されており、計算上はあと20年で2.9兆トンに達してしまうことになります。このまま気候変動対策が進まなければ、グレタさんたち10代が30代の大人になった時には、熱波、豪雨、砂漠化、竜巻など様々な異常気象が日常化し、人間活動が行えなくなる可能性が大です。

また核廃棄物については、半減期が万年単位と言われ、日本の場合その処分方法も処分地も決まっていない高レベル廃棄物だけでも、現在世界には約25万トン、日本国内には約1万7000トン近くあり、稼働すれば毎年1000トン増え続けるといった状況です。

ちなみに日本の財政は、1973年のバブル以降歳出と税収のバランスが壊れ、その穴埋めのための借金は2018年には約883兆円に膨れ上がり、この額は一年間の日本のGDPの約2.4倍に相当し主要先進国の中で最悪だそうです(財務省資料より)。なお現在、インフレにならない限り赤字財政は問題ないとの議論もあるようですが、理論であって現実は簡単ではないと思います。

一方、私たち大人は、より豊かで便利な生活を求めて、次世代が生きていく上で必要な資源にも手を付けています。

例えば、1970年~2010年の40年間で自然の豊かさは58%失われたそうです。その内、世界の森林面積は1990年には41.28億haだったのが、2015年には39.99億haに減少。25年間で減少した森林面積は南アフリカの国土面積に匹敵するそうです(世界森林資源評価2015より)。生物種の減少はもっと急激で、1975年~2000年の間に4万種が絶滅したそうです。森林にはCO2吸収など多様な機能がありますが、多様な生命と資源が存在する貴重な宝庫でもあります。

また農地・放牧地の急激な拡大や持続不可能な土地管理により、土地の劣化が進んでおり、今後食料生産などにも深刻な影響を及ぼすとされています。さらに地下資源開発の名のもとに深海まで開発を進めたり、シェールガスを求めて2000~3000m掘ったり、といった開発も世界中で進められていますが、こうした行為は、次世代の暮らしや経済活動に必要な“未来からの預りもの”にまで手を付けているとしか私には思えないのです。

地球の環境容量を表す指標として、エコロジカル・フットプリントがありますが、1970年代には、既に私たち人間は、地球の環境容量を超えて資源を浪費し様々な廃棄物を捨てる暮らしや経済活動をしています。ちなみに、現在の日本人のような生活を世界中の人がしたら、地球は約2.8個、米国人のような生活をしたら5個必要だそうです。

しかし、こうした状況にもかかわらず、今なお、日本だけでなく世界中で、「もっともっと」の欲望に駆られている、特に社会のリーダーたちを見ていると、暗澹たる思いがします。今国会の安倍総理の所信表明演説でも、相変わらずの「経済最優先」。地球儀を俯瞰する外交と言いながら、気候変動問題やパリ協定には全く触れられず、海洋プラ問題にほんの一言触れただけでした。また先日グリーン連合の仲間と、少しでも合意点は見いだせないかと経団連事務局を訪問しましたが、相変わらず「自主行動計画で温暖化にも熱心に取り組んでいる」の一点張りで、CO2が減っていないことへの反省も、生命・財産が奪われていることに対する危機感も全く感じられませんでした。

こうした中、またしても激甚な気象災害が各地を襲い、多くの人々の生命と財産が失われました。農業や鉄道などインフラを含め経済への影響も莫大で、以前からずっと科学者と共にこうした事態を警告し続けてきた私たちには、政府の無策が招いた人災のように思えてなりません。勿論、市民の無関心と危機感のなさにも一因はありますが、私たちの文明そのものの転換を迫られる地球規模の気候変動問題に関しては政府の責任は大きいからです。まずは迅速な復興と今後こうした被害を最小限に食い止めるための適応策に本腰で取り組む必要があり、防衛より防災にこそ、ヒト・モノ・カネの資源を投入すべきです。そして何より、子供たちの時代にまでこうした危機が続かないように、覚悟を決めて気候変動問題に真正面から向き合うことしかないと思うのです。

前述したグレタさん達若者が発している怒りに、私たち大人はどう応えていくのか?そして今回のような大災害を防ぐにはどうしたらいいか?本質的な解決は本当に難しいことです。それでも諦めてはいけないと、有志が集まって、環境倫理部会を中心に、「自由主義経済への制限」「環境革命」「地方」「若者への発信」などをキーワードに、今この難題にチャレンジしているところです。間に合うかどうかわかりませんが、責任放棄はしたくありません。