2020年2月号会報 巻頭言「風」より

気候政策を歪めたアメリカ大統領

加藤 三郎


今年はオリンピック・パラリンピックの年ではあるが、私にとって2020年といえば、パリ協定の実施の年であり、この絡みでも11月の初旬に実施されるアメリカ大統領選挙が大注目される年だ。ここではアメリカ大統領選挙と気候変動対策とに焦点を絞って、率直な思いを述べる。

1.トランプ再選?

多くの人にとっても、トランプ氏が大統領に再選されるか否かは大いに気になることであろう。私は少年時代から、アメリカの民主政治に多大な敬意を抱き、長いこと仰ぎ見ていた。もちろん、大人となって、アメリカだけでなくいくつもの国の政治システムや政治家達を見てきた中で、敬意に値しない人や政策もあったが、総じて言えば、アメリカの大統領制や議会制度などは、世界のリーダーたるにふさわしいと評価してきた。

4年前にトランプ氏が大統領候補として登場し、様々なことで人々を驚かせて来たが、地球の温暖化は中国が自国の経済のためにでっち上げたものだという旨の発言には耳を疑った。また長年、世界中の人々が苦労してやっと実現させたパリ協定に対し、自分が大統領に選ばれたら、即、離脱する旨の発言を繰り返しているのを聞いた時に、このような人物が間違ってもアメリカの大統領にならないでほしいと強く願った。アメリカの選挙民が選んだのがトランプ氏であった時には大いなる失望を覚えたが、その後も彼の気候変動を中心とする環境政策についての言動をフォローしてきた。最初の頃は、大統領に選ばれたら、さすがにパリ協定から離脱するとは言わなくなるだろうとの一抹の期待をかけたが、就任から半年もたたないうちに、トランプ氏はパリ協定からの離脱を正式に表明しただけでなく、前政権時代に築かれた様々な環境対策をひっくり返してしまった。

桁外れの人格を持つトランプ大統領は、環境政策を攻撃しているだけでなく、オバマ政権の遺産を弊履の如く捨て去り、アメリカ第一主義を貫き通している。国内外から厳しい批判はあるものの、トランプ支持の分厚い固定票を有しているためか、今年11月の大統領選挙には共和党からの候補者として再び登場することはほとんど確実である。

彼の強烈な武器は、自分に不都合な事実をマスメディアや批判者から突きつけられても、それはすべてFake(嘘)だといって片付けてしまい、恬として恥ずることがない姿だ。「今だけ、金だけ、自分だけ」が露骨にみえるトランプ氏に、半数近くのアメリカ人が戸惑っていると思われる。強力な競争者をアメリカの民主党は担ぎ出さなければならないのに、未だに(1月末現在)12人の候補者がひしめき合い、有力な対抗馬が浮上していない段階では、トランプ氏の再選を予測する人は決して少なくないのが、私の心配事だ。

2.二人の米大統領の「大罪」?

1.ではトランプ大統領の気候政策への危険なまでの無責任さに触れたが、実は残念なことに、気候変動対策については、日本を含む多くの国が必要な対策を前向きに取ることを妨げた大統領がもう一人いる。2000年の大統領選挙で当選し、2期8年務めたブッシュ(子)大統領だ。

ブッシュ大統領も選挙運動の最中から、気候変動問題に懐疑的な見解を繰り返し述べ、前政権がまとめ上げた京都議定書には加わらない旨、表明していたが、2001年に大統領に就任すると、わずか2か月後に京都議定書に米国は参加しないと決定してしまった。当時、アメリカは世界一の温室効果ガス排出国であっただけに、その国の大統領が、不公平で自国経済に悪影響を与えるとの理由で拒否してしまったことで、京都議定書は出発時点で不幸を背負ってしまった。

アメリカがこのような対応を取ったことで、京都議定書が発効するまで、その後4年の歳月を要し、一時期は、一片の紙切れに終わってしまうのではないかと、国内外の多くの関係者が強く心配した。そのため、私たちNGOは、首相官邸前で日本が早く批准することを求めてデモ行進をしたし、アメリカ大使館やロシア大使館にも出かけて、担当外交官に早く批准するよう陳情もした。幸い、プーチン大統領が京都議定書批准を決定したことにより発効条件を満たし、同議定書は2005年2月に発効し、やっと命を得たのである。

しかしながら、米政権が京都議定書に背を向けてしまった結果、例えば日本の財界も、温暖化対策に力を注がなくてもよい理由を見出したと私には思われる。そのころ、日本の財界や経産省筋から、「京都議定書は安政の不平等条約以来の不平等な悪条約であり、これを日本が批准したのは大きな間違いだ」と言わんばかりの意見が、霞が関・大手町界隈で大手を振っていたが、このような大胆な発言は、ブッシュ大統領のあからさまな反京都議定書の姿勢がなかったらあり得なかっただろうと、私は今でも思っている。

このようなことを考えると、アメリカは少なくとも20世紀においては偉大な政治家や科学者、実業家を生み、私たちにも科学の尊重と民主主義のお手本を示してくれていたが、ブッシュとトランプという二人の大統領は、人類にとって最も重要な生存の基盤である環境政策を歪めてしまった。もしブッシュ氏もトランプ氏も、科学が指摘する気候の異変という重大な問題に真正面から誠実に取り組んでいれば、日本も世界も一丸となって努力し、恐らく世界の気候は、今世界が体験しつつあるような極めて危機的な状況にはならなかったはずだ。