2020年6月号会報 巻頭言「風」より

市民力・自治力の向上をパワーに

藤村 コノヱ


昨年末に始まった新型コロナの感染は、あっという間に世界中に広がり、私たちの暮らしや社会、経済活動に大打撃を与えています。そうした中、昼夜を問わず最前線で闘っておられる医療関係者、日々の暮らしを支えてくれる方々には感謝しかなく、世の中には本当に有難い人たちがいるんだと改めて思う毎日です。

そんな中で、自分に何ができるか?と考えた時、ルール順守はもとより、やはり「安心・安全で、皆が心豊かに暮らせる持続可能な社会」を提案し続けた者としては、今回の経験も踏まえて、単に全てを元に戻すのではなく、「羅針盤」として常に問題の根幹に迫り、コロナ後の社会・経済や暮らしを仲間と議論し、新たな方向性を発信し続けることだと思っています。4月号でコロナと気候変動との関わりを私なりに整理。5月号で「グローバル化を見直す」、今月号で「コロナを体験して持続可能な社会とは」をテーマに各方面の方に書いて頂いたのもその一つです。

といっても、出来ることには限りがありますが、当面やることの一つは、数年前にまとめた『生き残りへの選択』(環文ブックレット8)を、今回の感染症の視点も踏まえて改善し発信すること、二つ目は気候変動や感染症にも負けない市民社会の在り方を引き続き探求し、実現に向け行動することだと思います。

市民社会の重要性についてはこのコーナーでも度々書いてきました。例えば2018年5月号では、責任をとらない政治家、公文書隠蔽・改ざん・偽証も厭わない政府高官に対して彼らに任せておけばいいという時代は終わった、市民の出番だと。その一方で2016年3月号では日本の市民社会の未成熟は、私たち市民にも責任はある旨述べました。これまでは主に環境の視点からでしたが、今回のコロナ禍を受け、自分たちの生命・財産は、政治家や官僚、行政や一部専門家など他人任せではいけないとの思いがより強まり、個人・家族・職場・地域等が連携して立ち向かう事がいかに大切かを再認識しています。

ただ思いとは裏腹に、今回改めて、日本の市民社会の弱さも感じています。勿論医療従事者、困窮する人や地域の為に頑張る個人や団体、企業、そして自治体の頑張りも見受けられ頼もしさも感じますが、まだ大きな力にはなり得ていないようです。これは気候変動などこれまでの環境問題への取組にも通じることです。

 

その要因は多々あると思いますが、やはり日本の歴史的経緯、特に明治政府がPublicに「公共」(公と共に)という訳を付け、市民は公共のことに関与しなくてもいいという仕組みと教育を行ってきたことで、今なお「お上意識」が根強く、学校でも市民教育が充分に行われず社会の一員としての自覚が不足していることに起因しているように思います。


自粛期間中、コロナ禍と人類の将来に関する多くの番組が放映されましたが、その中で、イスラエルの歴史・哲学者で世界のオピニオンリーダーと言われるユヴァル・ノア・ハラリ氏の話は印象的でした。彼はこれからの社会の方向性について、全体的な監視社会(中国のような)か、市民に力を与え市民レベルでエンパワーメントした社会か。国家主義による独立か、国際的な連携か、という2つの問いを発しています。勿論彼の答えは、市民社会と国際的な連携こそが重要と述べており、全く同感です。さらに彼は、世界の現状を憂いた上で、実現に必要なこととして、①あふれる情報の中から科学的で信頼できる情報を吟味して選択し信じて実行すること、②いかなる状況下でも政治状況に目を光らせ参加することが大切だと述べています。

こうした点から今の日本を見ると、社会の方向性は中途半端、必要な条件の①②に関しても極めて脆弱な印象は否めません。

例えば、NPO法施行後20余年ですが、その目的が「ボランティア活動など市民が行う自由な社会貢献活動としての特定非営利(NPO)活動の健全な発展を促進し公益の増進に寄与」であるため、いまだにNPOは政府や企業(市場)と同等の立場にはなく、それを保障する仕組みも不十分です。今回のコロナ禍でも政府は企業には多額の補助金を出しますが、NPOなど市民団体への支援は(福祉関係等を除いて)殆どありません。欧州では、環境団体を経済団体同様に環境政策の鍵を握るパートナーと位置付け、その公益性に鑑み多様な公的助成があり、政府や企業に就職する様に市民団体への就職も当たり前で三者の人事交流も盛んです。しかし日本では、永田町はもとより環境省でさえもそうした意識も公的支援の必要性も殆ど認識していないようです。

また国際連携はコロナ対応にも環境問題解決にも重要ですが、少なくとも環境関連では、日本は石炭火力輸出や原発推進、温室効果ガス削減目標の低さなど国際社会の足を引っ張り、核兵器禁止条約への署名も、オーフス条約(環境情報アクセス、意思決定での市民参加、司法アクセスに関する条約の通称)批准もまだです。

一方実現に必要な要件である情報に関しては、特に現政権になってからは公文書の保存・開示さえ曖昧で情報自体の信頼性が著しく失われ、科学的情報も政争の中でかき消され、市民が信頼できる情報を得ることさえ困難です。市民の環境科学者への信頼度が諸外国に比べ極めて低いとの調査結果もあります。また私達のような政策提言型NPOは常に政治を監視し政策形成過程への参加を求め続けていますが、一般的にはそうした教育・訓練は学校や社会でも受けておらず、だから、やりたい放題の現政権が続いているのだと思います。

気候変動、感染症、更に格差など社会的課題も、政府や企業だけでは解決できず、公の力の低下も見られる現状では、個人や地域社会との連携なしではなし得ないことがより明確になった今、改めて、こうした問題を自分事として考え行動する。そのために個人や様々な組織の市民力・自治力を高める教育とそれを活用する制度の強化が急務だと思います。