2021年1月号会報 巻頭言「風」より

長い夜は明けるか

加藤 三郎


1.闇の中に光明

多くの人にとって、昨年はコロナ禍への対応に明け暮れた年となったのではなかろうか。経済が突然失速したために事業が傾いたり、心ならずも失職という不幸に見舞われた方もおられることだろう。環境文明21の事務局も外に出て人に会ったり、会合を持つことがほぼ不可能になり、リモートワークやオンライン会合で何とか凌いだ格好だ。

年が明けてもコロナ禍は世界中で燃え盛り、それ以前には当たり前のようにしていた仕事の仕方や生活のリズムも大きく変化させられつつある。待望していたワクチンも、じわりとながら利用されるようになってきたが、どのくらいの火消しが、いつ出来るのかは、今のところ全く不明だ。

そのような中でも、秋になってから、世界と日本の気候危機に関わる政治状況を一変させる可能性がある大きな出来事が、少なくとも二つあった。一つは、科学を軽視し、長年苦労して築き上げた国際社会の成果である「パリ協定」を拒否したトランプ政権に終止符が打たれ、逆に気候政策や国際協力を重視するバイデン政権が登場することになったこと。もう一つは、気候政策を無視したとは言わないまでも、終始軽視し続けた安倍政権に替わって菅義偉政権が発足したことにより、少なくとも日本のエネルギー・環境政策は大幅に改善される希望が出てきたことである。

この二つの政治上の変化が、真に闇夜に光明をもたらす結果となるかどうかはまだわからない。しかし、日米の首脳がそれぞれの政権を代表して、公の場で繰り返し対策の抜本的強化を言明した以上、そうならないと信ずる理由もない。昔の人は「降り止まない雨はなく、明けない夜はない」と語っていた。その知恵の言葉にしばし身を預けたい心境だ。

本稿執筆時点(12月末)で、各種報道を基に私が理解している双方の気候政策の概要と日本にとっての課題を整理した。

2.やっと動き出す日米の気候政策

わずか2、3ヶ月前までは、気候の危機を憂慮していた多くの日本人にとって、殆ど予想していないことが、まず日本の政界で起こった。それは、10月26日の菅首相の初めての所信表明において、こと気候政策に関しては、安倍路線からの明確な離脱を宣言したことである。その内容は、本誌11月号の本欄でかなり詳しく紹介したので、ここでは繰り返さないが、菅首相、そして首相を支える小泉進次郎環境大臣は、その後の国会等での議論において、その方針を明確に繰り返している。

一方、菅演説から8日ほど後に実施された米大統領選挙において、大接戦を制したバイデン氏は、長い選挙戦中も、また当選を確実にした後も、「パリ協定」への復帰をはじめ、気候変動対策の充実・強化などを約束している。それらを私なりにまとめてみると、下表のとおりである。

3.日本にとっての課題

表に記した政策が、日米両国政府によって誠実に実施されれば、他の国々をも刺激し、人類社会は気候危機水域から少しずつ離脱し、やがて安全領域へと進む可能性も視野に入って来るだろう。しかし菅首相の一片の「宣言」だけでは世の中は動かず、様々な連携わざを次から次へと繰り出す必要がある。すでに小泉環境大臣を中心に、温暖化対策推進法の改正・強化や削減目標の法制化などの検討が始まっているらしい。また経産省も水素、洋上風力、燃料アンモニアなどの技術開発強化に動き出しているようだ。

もちろんこれらの動きは不可欠であるが、私には最も肝心なものが不足していると思われる。それは、11月号でも触れたように、30年先の2050年までにCO2等の排出を実質ゼロにするのは極めて困難な大作業であり、それを可能にするためには、その必要性を国民が理解し、支持することが不可欠だ。

発電部門だけをゼロにするのはそんなに大変とは思わないが、工場や事業場の熱源、自動車・飛行機・船舶・重機・農機具なども排出ゼロ近くに持ってゆく技術とコスト、さらにゼロにならない部分を、森林、土壌、都市内樹木などで吸収させるにしても、それだけのスペース、管理コストなどを考えると、多くの国民が何故そんなことまでしなければならないかを納得しなければ実行できない。

コロナ禍の場合は、多くの国民がその危機を理解したので、かなりつらい対策でも当局の求めにほぼ従った。しかし気候危機への対策などの場合は、長丁場(当面は2050年までの30年間)になる。その間、国民の理解と支持を得るには、強制だけではとても乗切れまい。そのためのシステムや方法をNPOも加わって、形成し実施することになるが、それに成功しなければ夜は明けないことを肝に銘ずべきだ。