2021年11月号会報 巻頭言「風」より

カーボンニュートラルの風を受けてNPOも新たな風を

増井 利彦


今回から半年に一度、「風」を書かせていただくことになりました国立環境研究所の増井利彦です。会報には何度か記事を書かせて頂き、また、勉強会等でも発表させて頂く機会がありましたので、名前くらいはご記憶の方もいらっしゃるかと思います。はじめて「風」を書かせていただくにあたり、自己紹介をさせて頂きます。


私は、大阪生まれの大阪育ちで、大学卒業までは箱根の関所を超えたことがなかったのですが、修士1年の時につくばの国立環境研究所の故森田恒幸先生のもとで過ごしたことがきっかけで、研究者を目指すようになりました。その後、大阪に戻り、1997年の京都会議(COP3)の直前に学位を取得し、翌年4月に国立環境研究所に研究員として採用され、現在に至っています。環境文明21との関わりは、連携教授として東京工業大学でも教鞭をとられていた森田先生が、環境問題に最前線で取り組んでいる方々にリレー講義をお願いされていて、加藤三郎顧問、藤村コノヱ代表の講義もその中にあり、私も話を聞かせて頂いたのが始まりです。その後、コノヱさんからの東京工業大学で博士をとりたいという相談を無謀にも引き受けてしまい、私自身も政策提言型のNPOの可能性について勉強しました。一方で、私が指導する学生の何名かは、環境文明21のインターン等でお世話になり、私自身の指導力のなさを補って頂きました。こうした経験があったからこそ、研究者として単に論文を書いていればいいというのではなく、いかに一般の方にわかりやすく伝えることが大切か、社会との関わりが重要かを認識するようになったと思っています(どこまで実践できているかの評価は、環境文明21の会員の皆さんにお任せいたします)。

カーボンニュートラルの実現に向けたNPOの役割

前置きが長くなりましたが、私も気が付くと20年以上、温室効果ガス排出量の削減に向けた研究に取り組んできました。昨年から今年にかけては、2050年のカーボンニュートラルの実現や2030年の46%削減への移行など、日本の目標は強化されました。一方で、日本の脱炭素社会に向けた現状の取組は十分とは言えない状況です。IPCCでも示されているカーボンバジェットからは、これまでのツケが将来の可能性をドンドン狭めているといったことが示されています。国立環境研究所では、2004年から西岡秀三先生がリーダーとなって脱温暖化2050プロジェクトを行い、2050年に温室効果ガス排出量を1990年比80%削減するという絵姿やそれに至る道筋を描いてきました。当時は、そんなことはできっこないというような冷ややかな目で見られていましたが、今回のカーボンニュートラルの実現はそうした取組を更に超えるものが必要です。現状の政府の見通しでは、技術的な取組で解決しようという流れが強いですが、技術だけでは別の課題を引き起こすのではないかと危惧しています。技術の役割はもちろん大切ではありますが、それだけに頼ってしまうと、我々の生活や生産活動が地球や自然とどのようにつながっているのかが見えなくなり、新たな問題を引き起こしてしまうのではないかと考えています。国民一人一人が、気候変動問題を正しく理解し、どのように行動すればいいかを考えられるようにすることが、時間はかかっても重要と思っています(残された時間は多くありませんが)。

もちろん、そうしたことは容易ではありません。新型コロナウィルス感染症のような自分の命に関わる問題ですらきちんと認識できていないのではと思える状況に対して、これから生まれてくる子どもや孫たちのために温室効果ガス排出量をゼロにしましょうといってどれだけ心に響くのか、不安になります。とは言え、パリ協定の合意から今日まで、新しい流れがヨーロッパをはじめアジアでも生まれています。途上国でもカーボンニュートラルに言及した長期戦略が提示されるようになっています。日本の企業や自治体の動きもこれまでとは大きく異なります。加藤顧問が環境庁時代に取り組んでこられた公害対策では、動き出したら一気に解決に向けて取組が進んだという日本の特性が挙げられることがありますが、今回もそうしたことが発揮されるのか、これからの数年が勝負だと思っています。そのためにも、環境文明21をはじめとしたNPOがボトムアップでさらに強い風を吹かせて、トップダウンの国の目標と連携してこの流れを確実なものとし、消費者の行動や社会の構造を変化させる必要があります。いわゆる「野党」ではなく「与党」として国民の支持や共感を得られるようなカーボンニュートラルを実現した魅力的な社会像や生活の姿が描けるか、NPOの実力も試されていると思います。

私自身、東京工業大学で今も学生を相手に講義や研究指導を行っていますが、「2050年カーボンニュートラル」への認識は、残念ながら非常に低いです。中央環境審議会などで若者の代表が発言する機会も増えてきてはいますが、「気候変動問題」は理解しているものの現状の目標などへの関心は極めて低いというのが現実です。しかし、気候変動問題の重要性を理解して、対策を考えてもらうと、いろいろな意見を出してくれるようになります。こうした姿勢を50歳になるまで(今の学生が50歳を迎える頃に2050年がやってきます)持ち続けてもらえるように、我々が正しい情報を発信し、考える場を提供し続けることが大切と思っています。

この原稿が皆様のお手もとに届く頃には、総選挙の結果やイギリス・グラスゴーで開催されるCOP26での議論の内容も明らかになっていて、日本の新しい進路が少しは明らかになっていると思います。昨年から今年にかけて吹いているカーボンニュートラルを目指した風を、更に強い風にするにはどうすればいいか、皆さんと一緒に考えて、実践していきたいと思います。