2022年7月号会報 巻頭言「風」より

脱炭素は、気候危機回避だけでなく、
持続可能な暮らしと社会を取り戻すためにも

藤村 コノヱ


先月号で、気になる情報として若者や日本人の社会との関わりや政治意識に関するデータと、十文字氏の「脱成長」についてのミニセミナーの概要を紹介しましたが、それは、5月号にも書いた「どうしたら、より多くの市民の関心と声を行動まで高められるか?」という課題解決のヒントがあるように感じたからです。

5月号に書いたように、多くの市民が気候変動に関心を持っているにもかかわらず、具体的な行動になかなか繋がっていません。この状況を打破するには、これまでのような、そして多くの専門家やNPOが訴えている「環境の危機」や「地球の有限性」といった切り口からの議論や啓発だけでは限界があるのではないか、もう少し人や社会の幸福、持続性といった切り口からの議論や啓発も必要ではないかという思いが強まってきたからです。

これまでもそして現在も政府は、「成長戦略としての脱炭素」、すなわち、経済を成長させるための脱炭素であり、それに向け新技術を活用しイノベーションを起こそうという議論が主流です。人材育成もイノベーションのためと限定的ですし、今後10年で官民協調150兆円超の多額の投資も多くは経済成長のためです。そのため、例えばブータンのような全体(人々)の「幸福」を成長させるといった発想は、“目指すべき経済社会像”の中でわずかに触れられているものの、具体的な議論や道筋は殆ど見られません。6月号で増井氏が述べたように、(ましてこの6月からの猛暑を体験すれば)差し迫った気候危機を回避するにはCO2排出量の削減が急務であり、直接的な対策が主流にならざるを得ません。しかし、以前から「環境が良くなっても人間が幸せでなければ持続可能ではない」と言い続けてきた私としては、たとえCO2が削減でき脱炭素社会が実現しても、本当に人々が安心・安全で心豊かに暮らせる社会になるだろうかという疑問が拭えません。おそらく人々の間でも無意識のうちにそんな不安もあるのではないでしょうか。

現在、日本の子供の精神的幸福度は38か国中37位(総合では20位。2020年ユニセフ調査より)、国連が発表する幸福度ランキングでも54位(2022年版、上位は北欧諸国)と低い状況が続いています。エネルギーを大量に使って、すべての生命や人間活動の基盤である環境を破壊してまでも経済の成長や便利な生活を得たにもかかわらず、精神的な幸せを感じる日本人が少ないのは何故でしょうか?気候危機への不安も一つの要因でしょうが、雇用、格差、戦争など社会的不安の方が大きいのではないでしょうか。そしてその背景には、今年1月号で紹介した『モモ』に描かれたような時間と効率に追われ「人間らしいゆとりある暮らしや社会」、例えば、自然や人や我が子との関わり合い、学び考える時間、文化や歴史や芸術を楽しむ時間、他者を思いやる、地域と関わる、政治への関心など、人が人として生きていく上でとても大切な事が失われたことにもあるように思えるのです。

だとすると、脱炭素がなぜ必要か?と問われたら、単に「環境が危機的だから」とか、「経済発展のため」と言うだけでなく、その過程で私たちが失った大切なものを取り戻す(あるいは再発見する)ためでもあること。また脱炭素に向けた取組も、省エネ・節エネといった即効的な取組や資金を必要とする取組だけでなく、もっと暮らしや社会を豊かに持続させるための取組があることも伝える必要があるのではないかと思うのです。そうすることで、これまで環境に関心のなかった人たちを巻き込むことができ、そこから新たな動きも出てくるのではないでしょうか。

 

そしてそのことは、環境文明21ならではの活動にもつながるように思います。ご承知の通り、気候変動はじめ様々な分野で活動するNPOも増えています。しかし、当会は設立当初から「環境問題は文明の問題」との認識から、テーマを特定せず、それらのベースにある価値観や制度に焦点を当て、活動も現場での実践活動より調査研究に基づく政策提言や啓発が中心でした。しかし、気候危機が深刻化し「あと10年が勝負」と言われ、「行動」の重要性も声高に言われる中、改めて当会の役割を考えた時、即効的な活動だけではなく、人間らしい暮らしと社会の回復(若者にとっては新たな発見)、そのための働き方やグリーン経済への転換など(脱炭素も含む)持続可能な社会構築に向けたソフトな取組をこれまで以上に強化することではないかと思うのです。4月から始めた「食」部会でも、食と農の問題を、脱炭素や地球の有限性といった環境面からだけ探求するのではなく、食文化など人と地域・社会との関わりの側面から探求してみようと話し合っているのもそうした思いからです。

一方、若者との連携には相手を知ることが大切との思いから示したデータですが、そこから見えてきたのは、「自分の行動で国や社会を変えられると思う」割合も、「政治や社会課題に関する情報を積極的に集める」割合も30%以下と低いことや、デモに嫌悪感を抱く割合が中高年と比べて高いことです。そうした若者に直ちに行動を期待するのは難しそうです。実際これまで私が接した若者も、問題の本質を知らない、自分との関わりが見えない、体験がないといった理由から行動に移せないケースが多くありました。

しかし、様々な活動に共に参加し議論し学びあううちに、環境の重要性に気づき関連する仕事に就いた人もいます。やはり若者との連携のポイントは、正しい情報を提供し体験の機会を増やすことのようです。現在、過去のインターン生有志により、互いの経験や考えを語り合う場づくりが進められており、それにも期待しているところです。

6月13日の総会では、以上のような事務局からの提案にも賛同が得られ、環境分野以外のフィールドの人たちとの連携についても意見を頂きました。

そんな折、GDPに代わる国民総幸福量(Gross National Happiness: GNH)を提唱し実践されているブータンのワンチュク前国王が、旭硝子財団が長年行っているブループラネット賞を受賞したことを知り、とても勇気づけられているところです。

2022年7月号 風